この言葉を初めて聞いたのは、かれこれ30数年も前になるでしょうか。


あるTV番組で司会者から「野球選手に必要なものは?」との質問に対する現・楽天野村監督の答えでした。

そのころ野球に関することは何でも学びたいと考えていた私はその「耳順」をあらゆる辞書を引いて調べました。

論語、孔子の言葉で


吾十有五而志於學(吾十有五にして学に志す)
三十而立(三十にして立つ)
四十而不惑(四十にして惑はず)
五十而知天命(五十にして天命を知る)
六十而耳順(六十にして耳順ふ)
七十而從心所欲 不踰矩(七十にして心の欲する所に従いて、矩(のり)を踰(こ)えず)


要するに、人間も齢60にもなればある程度の修養を積み素直に人の意見に耳を傾けることができる、という意味です。

野球に関して言えば、高い向上心と探求心を持って習ったことをできうる限り吸収しようとする努力といいましょうか・・・



愚息・有心はここ最近、その耳順がまったくありませんでした。

俺はできるんや、という慢心です。

ですから私もある程度はほったらかしにしていました。

バッティングは以前から悩んでいるようでした。

BCに行けば90Kmくらいはガンガン打てるのに人間が投げたボールはなぜか打てない。

当たっても飛ばない。

彼はいつも「パパの教え方は腹が立つから嫌や!」と言います(笑)。

慢心そのものです(笑)。

それがここ2、3週間前から「なあ、どうやったら打てるのぅ~?」と猫なで声で聞いてきます。

聞いてきたということはその時点でもう半分は打てるようになっているものです。

「素振りしてるか?」

「毎日やってる」

「ほなすぐに打てるようになる」

何も教えてやりません(笑)。

でも、実際もう復調の兆しは見えてきました。


ピッチングもそうです。

3年生初期のころは投げればほとんど三振。

スピードもコントロールも今より格段に上でした。

何故こうなってしまったかの原因を私は解っています。

ただ今までは本人に耳順がないから何を教えても一緒。

それが今日帰宅すると待ち構えていたように

「なあ、公園行ってピッチング教えて~や~」

「いや。」

「なんでぇ~?」

「しんどい。」


どうするか見てました。

家内を連れて練習しに行きました。

「4・27」の大乱調が余程ショックだったのでしょう。

これでもう半分は復調したようなものです。

やっと教える準備ができました。

耳順です(笑)。

明日(今日)の午前中、公園でみっちりと指導します。

彼は多内コーチに心酔しているようなのでその後はよろしくお願いします(笑)。



私はこういう意識の変化が進歩・上達の必須条件だと思います。

ですから、何も受身だけが耳順ではありません。

自ら教えを乞うことの方が価値があります。

ロジャースのコーチになってからこれまでアドバイスを求めてきた子は一人もいません。

異常なことです。

「4・27」の前日、初めて凛太郎がバッティングフォームを見てくれと言ってきました。

素振りすると、これが素晴らしい振りをしていました。

このように上達のため教えを乞う、その気持ちになっている時点で大体はもう良い状態になっているものです。




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勝ちに不思議の勝ちあり 負けに不思議の負けなし



このブログのサブタイトルにもしているこの言葉は、

長いペナントレースを戦っていると中には、「どうして勝てたんだろう」といくら考えても勝てた原因のわからない試合が何試合かあるものだが、逆に負けた試合というのは突き詰めて考えていけば必ずどこかに負けた原因、敗因がある。

という楽天・野村監督の言葉です。


では今日の敗因は何でしょう。

横着で大雑把、みな野球をなめています。

一所懸命さ、真剣さが微塵も感じられない。

私が一番嫌う野球をしてくれました。

こういう心構えで試合に臨めばまた同じような結果になるでしょうね。

野球は次を予測し、動きを考え、その準備をして1球1球に対応していくスポーツです。

それがすべて結果が出てからの動き、判断になってしまっています。

一言でいうと、集中力がない。あるいは何にも考えずにフィールドに立っている。


だから凡打を安打にしてしまう・・・

振り逃げや内野ゴロで1塁へ走らない・・・

ストライクが入らないのも原因の大半は“気持ち”です。


「野球は強いほうが勝つとは限らない」

これも野村監督の言葉ですがまさしくこの言葉どおりの結果ですね。


今日の対戦相手とロジャースJr、一人一人の技術ではロジャースJrのほうが1ランク上です。確かに今日の相手投手は一線級でしたが、それだからこそ相手の隙を突き、少ないチャンスをモノにしていかねばならぬのに、まるで逆にこちらが10-0で勝っているかのような戦いぶりでした。




「野球を“やらされている”んなら皆野球をやめりゃあいいんだよ」


石川コーチから珍しく厳しい言葉が出ましたが私も全く同感です。

そういう気持ちならロジャースのユニフォームを脱いで毎週公園ででも野球ごっこをやっていればいいです。


負け方にも色々とありますが・・・

今日のような試合をしているようでは野球をやっている値打ちが何にもありません。




勿論、

ロジャースJrナインに反省を促す前に我々指導陣も猛烈に反省しています。

今日の結果は我々の指導力の鏡であるとも思います。

私個人に関していえば、やはり指導が甘すぎました。

新参という意識もあって遠慮しすぎでしたね(これでも)。






4月27日、


この日を教訓として忘れることのないよう、

一から野球をやり直しましょう。





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何も言うまい語るまい。


野球を一からやり直し。


久しぶりに恥をかきました。






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試合を作るのは、1番にピッチャーだと言われる野球ですが

私は同等に重要なのが捕手というポジションだと思います。


一人のエースに負担をかけすぎて潰してしまうようなチームは流石にもうないでしょうが、特に学童野球でうっかりとしがちなのがキャッチャーです。

大方のチームを見ていると大体が固定した一人のキャッチャーを使い続けているケースが多いようですね。

キャッチャーはその試合において投げ方は違うにしてもピッチャーと同じだけの球数を投げます。


ピッチャーの肩を気にかけるのであれば同じようにキャッチャーの肩の心配をする必要もあるのではないでしょうか。

勿論、ピッチャーと同じように試合や練習後のケアーが必要であるし、また真夏なんかでヘルメットとマスクを被りっ放しの疲労度は相当なものであるはずです。

試合での頭脳と身体の負担や労働力も投手と並んで一番負担がかかるでしょう。


ならば、ピッチャーに2本柱3本柱を作るようにキャッチャーにも少なくとも正捕手のほかに最低でもあと一人は用意しておくべきだと思います。

ポジションの中でキャッチャーが1番付け焼刃では通用しません。

練習試合などでピッチャーは何人かを投げさせて柱を何本も育てようしているのに、キャッチャーはいつも決まった子供ばかりというのではしっかりとしたチームづくりとは言えないでしょう。


あまりに一人のキャッチャーに頼りすぎていると、万一その正捕手が試合に出られない状況が起こったときには“半分捨てゲーム”にしてしまう覚悟が必要になります。

それでは子供たちが可哀想ですし、チーム自体もいつまでも虚弱体質だと云わざるを得ない現実のまま、となります。


「6年生になるまでには・・・」 では到底間に合いません。


学年が若いときほど色々なポジションを経験させておくべきだと思います。

Jrの年齢であれば成長と共に身体だけでなく気質や性格もどんどん変化していくものです。

まったくピッチャー向きでなかった子が6年生には不動のエースになったり、また内向的だった子がチームの要のキャッチャーになったりとその可能性は無限ですから、


その時期にその子に向いているポジション


をどんどん経験させて、しっかりとその無限の可能性のサポートをしてやるのも指導者としての責任であると考えます。



などと偉そうに言いましたが、我がロジャースJrにしてもまだ中々思うように取り掛かれてはいないのが実情です(笑)。武田監督と相談してそういうチームづくりを実行していきたいと思います。




気がつけばもう朝の4時過ぎです。

今日はJrにとって初めてとも言える公式戦。

少し寝ます。


近所の神社に寄って必勝祈願をしてから開会式会場に向かいます。




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