小学生のころ(昭和40年代)
母が私の嫁入り道具にとポータブル電動ミシンを購入し
そこで開いていたソーイング教室に私を通わせたことが最初の手習い
ミシンのカムを取り替えるだけで見たこともない刺繍がでてくる
特殊なパーツを取り付けると大きな花模様ができた
中学生になると
手芸キットを買って何でも作ってみた
学校では手芸クラブに入ったし
友達と充実したチクチク縫い縫いライフの日々✨
高校生のころはアニメに夢中だったから
フェルトを買ってきて好きなキャラの人形を縫った
「シャア・アズナブル」
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240508/08/syunshin-yoruichi/9a/7b/p/o0513067615435972822.png?caw=800)
(参考写真)
その後、就職して手芸をやる暇はなくなったけど
故郷に帰ってきて結婚してから
また手芸を再開した
姑が縫い物(洋裁和裁)のセミプロだったため
手芸にはとても理解があった
大嫌いな姑だったけど
綿入れ半纏の作り方を教えてくれたことには感謝してる
姑が縫い物編み物のプロなら
私は姑がやらない事をしようとおもい
パッチワークを始めた
↓“ 姑が子に縫った着物 ”を使ってタペストリーにした
赤い着物は昭和40年頃の物
土台は私の母からもらった着物
飾りの花はアップリケ
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240508/09/syunshin-yoruichi/f1/02/j/o0685108015435983753.jpg?caw=800)
日頃の嫌なことをキルトを作ることで晴らしていたなぁ
洋服タンスの中には私の洋服よりも
贅沢な夏掛け布団がたくさんある
子どもたちにはボロボロになるまで使い倒して、最後はレジャーマットにしてくれと言ってある
(ウチでは小さくカットして車のシートカバーにしたり ファンヒーターのマットに使ってる)
最近は目がダメになったので
縫い物じゃなくて編み物やってます🧦🧶