22.05.03 津和野城[山陰の小京都を睥睨する城]その1 | ぬるま湯に浸かった状態

ぬるま湯に浸かった状態

城巡りを中心にしたブログです。
『ぬるい』ので入られる方はご注意ください。

祭りレポ…なかなか筆、もとい、ブログを書く意欲が湧かず

結局『城』レポにて、再開させて頂きます。

やっぱし、地元の祭りは文章を加えるのが難しいですわ。

写真だけとは言ったものの、文章がある程度ないと、シックリと

こないんですよね。

まぁ、ブログにそんな向き合い方しているのは私だけかもしれませんが。

 

 

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では本題を。

2022年のゴールデンウイーク。

前年の年末、高知に行ったものの、その後は城巡りもせず(できず)の

状況が続いていました。

オミクロン株なるものも猛威を振るっていましたが、もう我慢ならんびっくりマーク

四国外の『城』を見に行くぞびっくりマークと。

でも、都会はまだまだ怖い印象だったので、できれば人が少ない場所を

と選んだのが、石見、長門、周防でした。

でも、今になって考えると、観光地に行ってしまっているんですよねアセアセ

しかし、そう遠くない(と思っていた)場所ですし、一晩走れば着く

土地なのです、かなり早い段階から決め打ちしていていたと思います。

 

という事で、仕事が終わってから仮眠を取って、夜中に出発。

やはりそんな時間帯だけに、車も少ない…と思っていたのは四国内だけ。

山陽道に入ると、車、車、車。

しかも、結構なスピードで走っているので、気が抜けないアセアセ

休憩しようと思っても、SAやPAは満車アセアセ

もうぶっつづけで走るしかないんですよね。

広島まで来て、やっと山陽道を抜けると、閑古鳥の様な高速に入って

やっとPAで仮眠休憩が取れました。

起きた後は中国道経由で、最初の城へ。

目的地に辿り着こうかという下り坂で、山上に朝陽に光る石垣が

見えました。

その城こそ、津和野城 です。

 

 

チラ見レポ

 

 

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見所となる遺構 (土塁など)はブルー、名前のある場所 (本丸など)はパープル

現存建築物 (移築建築物含む)はピンク、再現建築物 (模擬建築物含む)はオレンジ

跡地 (櫓跡など)はグリーン、その他 (銅像など)はブラックで表記します。

 

 

 縄張図

 

 

 説明

 

 

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津和野城下に入ってきました。

駐車場を探しに彷徨って(てはない)いると、二層の櫓が見えてきました。

車を降りて、近くに行くと、赤い石州瓦が乗っています。

この櫓の名は 馬場先櫓

麓にあった藩邸の隅にあったのだとか。

ちなみに、この城には現存建築物が二基残っていますが、そのうちの一基で

さらに、往時から場所が動いていない、唯一の建物だとか。

 

 石州瓦がシブイ。

 

 

 

この馬場先櫓の上には、織部丸の石垣 が見えます。

 

 電線が邪魔とか言わんといて下さい。

 

 

 

石垣の周囲の木々は見事に伐採されていますね。

津和野町の気迫が感じられます(何の?)。

 

 山の上の石垣を魅せるというのは、なかなかの力の入れようでしょう。

 

 

 

馬場先櫓の至近距離までやってきました。

ただ、近づけば近づくほど、電線が気になってしょうがないんですよねガーン

 

 市街地に残っているので仕方ないのではあるが…。

 

 

 

御殿にあったという事で、石垣 は低く、あまり見栄えはしません。

また、瓦の色落ちも目立つなぁ~。

 

 何かディスってばかりいるような…。

 

 

 

この馬場先櫓の近くにも、もう一基の現存櫓があるので、移動しましょう。

 

 このアングルが一番良かったりする。

 

 

 

移動すると言っても、一分もかかりません。

上の画のサイドに写りこむ津和野高校の目の前にあるんですから。

そして、その 物見櫓 の前にやってきました。

 

 ここでも電線が邪魔をガーン

 

 

 説明

 

 

 

馬場先櫓と違い、こちらは、移築されているそうです。

ただ、現存建築物には間違いありません。

しかも、藩邸の櫓という、非常に稀な遺構ですから貴重です。

私も、かれこれ10数年、城巡りをさせて頂いていますが、この様な櫓が

残っている、しかも二基も残存しているのは、ここだけでしょう。

 

 朝陽に照らされている姿は美しいですね。

 

 

 

ところで、この櫓は、下部が海鼠壁になっていますね。

それに白壁と赤い石州瓦が乗っているので、派手ですね。

 

 今迄見て来た、城郭建築とは一線を画しています。

 

 

 

背後に廻りこみます。

そこには表のイカツイ姿はなく、櫓が倉庫の役割を果たしていたとよく判る

扉がありました。

 

 倉庫感が強すぎる姿です。

. 

 

. 

では、麓の城郭遺構探訪はここまでにします。

 

 面白い、遺構を見る事ができました

 

 

 

さて、車を駐車場に停め(当たり前の様に、私の車だけですが)、いよいよ

山上へ向かいます。

勿論、観光リフトなんか動いている時間ではないので、登山です。

しかし、ほぼ半年ぶりの山登り。

キツイです。

しかもコロナ禍で、殆ど動いてもいなかったので、体力は激減していますので

余計にシンドイです。

ただ、泣き言は言ってられません、目的があるんですから。

リフトのロープを潜って、登っていくと、遺構が見えてきました。

三連続堀切 です。

 

 これだと、二条しか見えんですが…。

 

 

 付近図

 

 

 説明

 

 

 

それにしても、この堀切。

かなり、鋭利ですよね。

しかも、かなり深そうですね。

 

 ただ『三重』の画が撮れないんだよねぇ~ガーン

 

 

 

間伐がされて、眼では見易いんですが、カメラで写すと、判り難いもやもや

 

 これは三条写っているんですが…奥の一条が判らんもやもや

 

 

 

このアングルでやっと、三連続で断ち切っているのが判る様な。

それにしても、こんな至近距離で堀切を連続させているのも、珍しい様な。

そして、セオリー通り、城域内側の方が高くなっているので、削り残しの

部分に敵兵が登ってきても、射程に収まる形にしており、まさに教科書の

様な連続堀切ですね。

 

 そんな教科書なんてないでしょうが。

 

 

 

この堀切の隣にも尾根があるのですが、こちらは小さな 曲輪 を展開

させていました。

 

 何故、こちらが曲輪なのかは謎ですが…。

 

 

 

尚、この尾根を下った場所に、時打櫓跡というのがあった様で、さらに

そこから派生する尾根にも三連続堀切があるみたいです。

ただ、初手からいきなりそこまで行く自信はありません。

 

 最初から行く気がなかったというのが正直なところですけどね。

 

 

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その1はここまでに致します。

尚、このゾーンはその2の初っ端にも紹介していきます。