きてくださってありがとうございます!

 

 

この記事、白目むくほど長いんで、もし読んでいただけるなら椅子と飲み物用意してリラックスして頂きたい、そしてできれば全文最後まで読んでもらえたら嬉しいんですけど(15分くらいかかるかも笑)

 

先日、東洋経済オンラインさんで掲載して頂いた記事についての話です。

 

Twitterでも色々書いたんですけど伝えきれてないと思ったのと、Twitterやってない方も多いんでこっちにも書きます!

  

 

料理家について昔から研究されてる生活史・食文化研究家の阿古さん(めっちゃ良い人で著書も面白い方)が、主婦と料理家の働き方について書かれた記事。

 

数十年前、小林カツ代さんが「料理の鉄人」に出る際に主婦と呼ばれるのを嫌ったという背景があり(それは主婦に対しても、シェフに対しても失礼だと)

 

働く女性、特に料理の仕事だとメディアに肩書きを「主婦」と表記されることが多い。

 

同じ料理家でも、例えば栗原はるみさんのように主婦業を徹底的に極め、家族のための料理を世の中に紹介する人がいる一方

 

私のように、主婦業が苦手で全然ちゃんとしてない中で、仕事用の料理を作る、仕事と家のことを完全に分けてる人もいる

 

働き方は多様化しているけど、全部プロフェッショナルである

 

っていう内容なんですね。あとで貼ります。

 

 

私自身はなんて呼んでもらっても良いし、「主婦」でも全然嫌じゃない。(主婦やし)もはや一周回って「ほんまになんでもいい」に落ち着いてるんですけど

 

なんの選択肢もなく「主婦」という肩書きになることに対してモヤモヤを感じたことはあったんです。(「素人ちゃうで!」って意味じゃないで!「先生」のほうがヤメテーてなるし)

 

これ細かなニュアンスの違いで全然違う意味にとらえられそうで怖いし、全力でモノ申したい!とか全然無い小さなモヤモヤやから書くこと一生ないと思ってたんですけど、今回記事で意図しない伝わり方をしてしまったんで書かせて下さい。

 

 

今よりもっと昔、テレビに初めて出た時にこのことを結構気にしてました。(はじめておはよう朝日に出た時に「カリスマ主婦はやめてください!」って変えてもらったの覚えてます笑)

 

ただ、カテゴリー分けしたほうが観てる人に伝わりやすいじゃないですか。

 

この人プロ?シェフ?なんかの先生?…いやいや、普通の家でご飯作ってる主婦です!ってなったら親近感沸くし、本も手に取りやすい。さらに3児の母って書いてあったら、「うちと同じ~!」ってなったり。


それ重々わかってるし、私も親近感持ってもらえるほうが嬉しい

 

自分の中では先生じゃなく、ずっと「なあなあコレ食べてみて」の友達感覚で紹介したい。

 

どんな肩書きでも求められるだけありがたい気持ちと、細かいこと気にするほうが恥ずかしい、面倒な人と思われたくない気持ちもあるし、「なんでも良いですよ~!」「お任せします~!」と、聞かれない限り相手に任せるスタイルに変えてました。(なによりメディアの人がめちゃくちゃ忙しいことがわかるようになったから余計に。突然台本からテロップから書き換えなあかんくなるし)

 

 

~~ここから長くなるんでトイレ休憩挟んでください~~

 

 

おかえり~(はいハッピーターンどうぞ)←手ぇ汚れるわ

 

 

主婦について感じていたモヤモヤについて書きます。

 

 

記事にも書いてるんですけど、私は学生時代に料理ブログを始めて、会社員になって「syunkonカフェごはん」の1冊目を作り始め、その後に結婚して主婦になったんですね。

 

もともと主婦として家のご飯をブログに載せてたんじゃなく、最初っからブログはブログ用、仕事は仕事用、家は家で分けて作ってきたタイプで。

 

まさにあの「実際の晩ご飯特集」が実際の晩ご飯です(笑)

 

今でも料理以外の主婦業が苦手で、なんやったら仕事で納品する料理はできてるけど今日食べるご飯はできてないこともあり、「ゴメンやけど買ってきて~」と言ってしまうぐらい、主婦業をおろそかにすることで成り立っている仕事

 

それなのに肩書を「主婦」、特に「カリスマ主婦」「スーパー主婦」みたいに言われたり、主婦界の代表みたいな立ち位置にされたら、おこがましいし、主婦の人にも申し訳ない、そのモヤモヤがまずありました。

 

正確には「主婦」はただの既婚女性の意味しかないし、家事してるしてないは全然関係ないんですが

 

職業、代表的に紹介される肩書きをあえて「主婦」で推すと、家庭を一番に考える人、家のことを全般的にやっている人みたいな雰囲気が漂うし、さらにカリスマ主婦というからには、主婦業を多少極めてなあかんのちゃうんっていう、ちょっとした違和感、モヤモヤ。これが1つ。(まだ1つーーー!!もう寝るで)

 

もう1つは、本業を「主婦」とすると、中心は家庭で、片手間で仕事をやってるような、そう言う意味での認められてない感です。

 

これニュアンス間違うと「主婦は認められてないってこと?」「主婦はお気楽やとでも思ってんのか」と反応される場合あるけど、そうじゃなくて仕事への姿勢の話。
 
主婦業は主婦業、仕事は仕事、別モンやん。(逆に本気で完璧に主婦業やってたらそれこそ片手間で仕事できへんやん)建築士、弁護士やったら職業を「主婦」って言わんのと同じ。
 
でもまあ、別にどう思われてもいっか!わかる人にはわかるし、わからんくても楽しくやればそれで良い!
 
って流してました。めくじら立てるほどの話でもないし。

 

3つめ、これが私にとっては一番の理由、他人から聞いたら最もどうでもいいと思うけど、肩書きや名前に家庭的な雰囲気が漂っているのがちょっと苦手なんです。嫌とかじゃなくて、なんかキャラ的にこっぱずかしい、照れる、そんなん関係ない一個人でええやん、っていう。

 

小学校時代にスカート履きたくなかった感情に似てるんかもしれん。(共感しづらいわ)要は自意識過剰やねん。

 

安いもん大好き!節約!!とか大阪のオバチャン的なほうは全然しっくりくるんですけど、家庭、愛情…みたいなのがなんか恥ずかしくて。友達の前でお母さんしてるとこみせるの照れるみたいな。なんなんこれ。います?こんな人。

 

親近感のズレなんですけど、自分が独身の時はテレビで「主婦」って見たら親近感や身近さをあまり感じなくて、違う世界の人のような気がしてたので、「主婦」にはめると主婦以外の人に一線を画すような気がして。

 

既婚・未婚、子ども関係ない、「先生」みたいに上下もない、ただの個人、もっと軽い感じの料理好きな人として認識してもらえたら楽やなーって思ってたんです。(読者さんが主婦の媒体なら主婦が一番親近感あるから全然いいんですけど) 

 

だから「料理コラムニスト」ってつけたのもあると思う。決めとけば、そっちで呼んでもらえるかなって。(あとこの世で私しかおらんからプロアマもないし、「あんた料理コラムニストちゃうやろ」とか否定されることもないし笑)

 

4つめは、さっき書いたジェンダーの部分。もし男性やったら、たとえ子供のエピソードどれだけ語ってても、家で家事をしてても、あえて自分から「主夫」って言わん限りは素人であれ自分で決めた肩書きですんなり呼ばれる。でも女性になると「主婦」の方を選ばれ、家庭をまとうことが多い。

 

でもジェンダーの話って、性別どうでもいい、縛られたくないわって話を必死にすればするほどジェンダーを人一倍気にしてるというジレンマに陥るやん。

 

ほんまにどうでもよかったら、逆に主婦でもいいやん。主婦に女性の意味を込めんかったらええやん。

 

だから「言わんとこ!」ってなってました。

 

 

以上が「肩書きが主婦になることにモヤモヤする」についての説明です。(ハイ山田さん、黒川さん、鈴木さん清水さん寝てますね…)

 

 

ほんでや(まだ続くで…)

 

 

モヤモヤしてるんやったら、はっきり言えばいいと思うんです。子どもじゃないんやから、その場で「主婦じゃなくて料理コラムニストにしてください」って。はっず。(お前や付けたん)

 

それをためらうのが、さっき書いたように「メディアの人忙しすぎる件」「細かいこと気にしてるやつと思われたくない件」もあるんですけど

 

まさに記事内に書いてある、プロかアマかの話で「メディアが肩書きを主婦と書くとき、それはしばしばアマチュアの意味を含んでいる」っていう部分。

 

シェフ vs 主婦 がわかりやすいけど、プロと素人を分ける際に「主婦」って使うことが多い。(技術がないとかじゃなく単にプロではない人のカテゴリー分けの意味で)

 

それを肌で感じてるから、「主婦はやめてください」なんて、自分を買いかぶってる人みたいに思われそう。(まさに今回の記事でそう思った方がいたように)それだけは一番避けたい。


もし私に明らかな資格や実績があったら、相手のほうから「主婦」とは呼ばないのでは…だから相手が主婦と思うなら主婦、料理家と思うなら料理家。立場を決めるのは相手でいい

 

ただ自分の中では、どんな肩書きでもお金を貰うからにはプロとして(技術面ちゃうで!精神面のほう)精一杯仕事をしたらそれでいいやんと思ってやってました。

 

さらに主婦だからこそメディアに出してもらえてる、先生じゃなく普通の主婦だからこそブログを読んで、本を買ってもらえてるという自覚があるし(主婦って長所やし)

 

普段から子どもの話をブログに書いたり、私生活をエッセイに書いたりしてるから、そこで突然「主婦はやめて」「お母さんはちょっと嫌で…」って「えぇー!」てなるやん。

 

 

私個人でいけば、プロかアマの話じゃなく母ちゃんって呼ばれたいかママって呼ばれたいかと同じイメージの話が強いねんけど

 

そのニュアンスはめちゃくちゃ伝えにくいし、必死で伝えたいほど気にしてもない。

 

これら全部ひっくるめて、今この文章を離脱せずに読んでくださってる方と同じ感情

 

めんどくさいわ!!!!

 

におさまって、肩書きなんてなんでもよし!!主婦が家庭的とかいちいち誰が思ってんねん!肩書きなんて一切気にならないくらいの人間になればええだけの話

 

という結論に数年前にたどり着き、現在に至ります。

 

 

~~~2回目のトイレ休憩挟んでください~~~

 

 

おかえりー(はいルマンド)

 

 

ただ今回、たまたま阿古さんと別の仕事でご一緒した際に、阿古さんが書いた私のプロフィールに「主婦」の文字がなくて

 

「主婦ってプロフィールに書いてなかったの初めてかもしれない」って何気なく言ったら、阿古さんが、まだそんな社会なのか!と驚いて。

 

数日後に、「料理家とは何か」について、栗原はるみさんと今の料理家さん(もちろん栗原はるみさんは今もとても人気な方ですが、と)、働き方の違いなどの記事を書きたい、もし良かったら主婦と呼ばれることについてどう考えてるか教えてもらっていいですか?とメールがあり、この長ったらしいモヤモヤを伝えました。

 

ジャーナリズムなので、新聞記事同様タイトルや内容のチェックは事前にできないんですけど、ちゃんと何度も丁寧に、「こういう書き方は避けてほしいとか、NGがあれば教えてほしい」と言ってくださったので

 

何度も言うように、一歩間違えれば主婦を下に見てるととらえられかねないから、もしなにか書くなら絶対にそういう表現はしないでほしいし、揉めたくないこと、ニュアンスの件など伝えました。(私がしゃべったセリフはチェックも訂正もできるので、記事内にあるカギカッコの私のセリフに相違はないです!あと見出しは阿古さんじゃなく編集部の方が決めてくださるそう)

 

でもまぁ、別に私のインタビュー記事じゃないし、私のセリフの部分さえ相違なければ大丈夫やな~って思ってて(私以外にもいろんな人のコメントが載ってるんやろなーと勘違いしてて)

 

実際、全文読んだら間違ったこと書いてないんですよ。

 

 

 ただトップ画像が私1人のみで

 

「山本ゆりさんはあるモヤモヤを抱えています。それはプロフィールに「主婦」といれられること」

「「料理家」というキャリアを築いているにも関わらず、いまだに主婦の延長線上の仕事ととらえられるのはなぜでしょうか?」

 

タイトルが

 

「栗原はるみと「今の料理家」の決定的な違い」

 

やったんで

 

「主婦を下に見てるってこと?」

「え、自分をプロと勘違いしちゃったん?」

「いやお前が栗原はるみ先生と並ぶなんて100万年早いわーい!!」

 

って話になったわけです。いや最後のは単に私の心の叫びやけど。

 

全文読むと働くスタンスの違いを書いてるだけなんですけど、写真と見出しだけで記事内容を推測する人もやっぱり多いので。

 

見出しにインパクトないと問題提起が読んでもらえないやろうし、東洋経済オンラインさんが主婦に対して何一つ謙遜する言葉じゃない、フラットに見てるからこそ、そこに負の要素が入ると予想してなかったとも言える。冷静に読むと、見出しすら別に悪いこと書いてないんかもしれん。

 

でも私がこの見出しをみたときは、主婦の人(私も主婦やけど)が見たらもしかして嫌な気持ちするんちゃうかな…とは思いました。

 

とにかく写真を見て私のインタビュー記事だと思い、山本が主婦だと読んでほしくないと主張している、みたいに思った方が多かった気がします。

 

 

記事は主婦の方にも私にも栗原はるみさんにも、全員に敬意をもって書いてあるし、阿古さんは、山本さんは自分を卑下しないでほしい、評価されても良いのにって気持ちで書いてくださったありがたい記事なんですけど

 

今のこの過渡期の時代、この見出しへの反応が強くなりすぎて、意図しない、むしろ逆の意味にまでとられてしまったという話です。

 

 

長くなってすみません。

 

軽い気持ちでモヤモヤの取材を受けた自分のせいですけどね。「じゃあ何で言ったん?」って言われたら、ほんまそれやしな…。インタビューのような写真と見出しで栗原さんと比較して考察が進む記事になるなんて全く思ってなかったのが本音です。

 

でも、私が栗原はるみさんと比較されても何にも思われないような人間なら、そして私が主婦を下に見るわけないと信頼されてたら叩かれなかった話。結局、自分のせい。

 

こうして弁解することで、一生懸命私のモヤモヤに筆舌を尽くしてくださった阿古さんにも、東洋経済オンラインさんにもご迷惑をおかけする形になってしまい、そこも心苦しいです。(このブログは事前に阿古さんに相談、お送りしてますが!)

 

 

何回も「言わんでも、わかる人にはわかってるわ」「みんなにわかってもらうのは不可能やし、今更いいやん」と言い聞かせたんですけど

 

自分で説明できる媒体をちゃんと持ってるのに、自分の言葉で説明するのを放棄した結果、あとから「違うんです」と言ったりウジウジ言ったりするのはダメな気がしたので、長くなったけど書かせてもらいました。

 

 

そして最後に…

 

今回私がこういう反応になったことで、記事に書いてある話題がより触れてはいけないことになってしまったこと。

 

私は「何でも良い」に達してるけど、同じように面倒くさいやつ、謙虚じゃないと思われそうで主張できない、めくじら立てるほどではないけどモヤモヤを抱えてる人いると思うんです。声高にいうと「冷静じゃない」と叩かれそうで、まぁいいかーって飲み込んでしまってる人。

 

男女関係なくどんな立場の人も、無用なレッテルを貼られずに済む社会になればいいなーと思う。記事に書いてあるのはそこなので。

 

 

以上です!

 

 

なにこの、肩書きを気にしなくなった理由を噛み砕いて伝えれば伝えるほど肩書きにこだわってる人みたいになっていくパターン。めっちゃ気ぃ使われるやん。

 

 

というわけで、私のことは明日からカリスマ主婦って呼んでくださったら。(なんでやねん)

 

 

日々勉強ですね。

 

 

ご成長、ちゃうわ、ご清聴ありがとうございました!!

 

 

(これでアメーバニュースのタイトルが「山本ゆり、主婦と呼ばれたくない理由」とかなったらどうしよ)

 

 

 

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(コメント欄にも書きましたが追記)

 

本当にたくさんコメントありがとうございます涙 気遣いと優しさの塊のようなコメント欄に感動して泣きました。

 

もうわかったから!はよ終わり!!(パンパン!)寝なさい!

 

言うてくださるのが聞こえたわ(笑)十分すぎるくらい励ましも、もちろんお叱りもたくさん頂いたので、勝手ながらこれにてお開き(聞いたことないわブログで)頂けたら有り難いです。

 

(コメントが増えすぎて、またこのコメントに対して別の方が…とかなっていったらそれこそ本当に悲しいですし)

 

今週、撮影が多くて全然更新できず、心配されてコメントが増えそうな気がしたのでここに書きました。コメント止める機能が無く原始的な止め方ですみません!笑


本当にありがとうございました。

(よーお!パン!)



はいフォカッチャ。

 

 

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