吉祥寺駅は切ない。


井の頭線は儚い。


大学進学して、自分が「上京」してないことに気づく。八王子市下柚木は、東京都ではあっても東京ではなかった。生まれて4年間広島の天満町、それから9年間広島の牛田早稲田、さらに、高知の朝倉に5年間。決して都会に住んだことはなかったのだが、「田舎」ではなかったことを大学進学時に知る。田舎者が知っている関東平野は全て緑の地図。つまり、平野だらけで坂なんかあるはずがなかった…のに、東京都の坂の多いこと。いわんや八王子市はなおさらだ。下柚木は人生史上最も田舎だった。だから…。彼女の住む西荻窪の女子大は住宅街とはいえ都会だった。サイトウの住む久我山も「東京」だったし、吉良の住む上石神井も「東京」だった。


だから、彼女と待ち合わせる街はいつもキラキラしていた…いや、キラキラの虚飾に覆われている気がした。最初のデートは白金台。んっ?シロガネダイ? 国鉄の駅にないで? あっ、JRに変わっとったっけ…? どこやねん!

吉祥寺でさえもて余しとんねん!


でも、ようやく吉祥寺に慣れてきたのが3回目くらい。聖蹟桜ヶ丘まで原チャリで走り、特急で明大前まで行き、井の頭線に乗り換える。運良く急行が来れば久我山だけ停まり、吉祥寺だ。帰りはしんどかったけど。久我山にサイトウがいなかったら、もう少し別れが早かった気もするが、何とか吉祥寺は慣れた…はずの秋。彼女から依頼が入る。

「中央大学の学祭に今井美樹来るんやってね。整理券がないと入れんらしいから4枚取っといて!」


ほぅっ、今井美樹とな…誰やねん。まあ、取らん訳にはいかんやないか。


アパートの同級生とたまたま大阪から遊びに来た阪大の親友イケと整理券を取りに並ぶ。無事に4枚ゲットしたが徹夜が響き、仮眠。吉祥寺で11時に待ち合わせる。コタツで仮眠していたのだが、起きたのが10時半。うわっ、遅刻する!彼女の大学の寮に急いで電話。

「あっ、さっき出かけました」の非情な宣告。あなたならどうする?待ち合わせの時間を1時間過ぎないと多分連絡も来ない。待っていられるか?ちなみに、アパートから聖蹟桜ヶ丘まで原チャリで25分。聖蹟桜ヶ丘から明大前まで当時特急で15分。井の頭線で、30分弱。乗り換えを含めると、1時間半強。家で待っていられるか?私は原チャリを走らせた。イケに留守番と、電話番を頼む。


だが、吉祥寺に着いたのは約束の1時間半後…。悲劇は書かない。


半年後、彼女と別れる前、今井美樹の「B-with」というアルバムが出た。なぜだろう、買った。


別れた後、彼女との想い出はこの曲だな、と思いながら今でも聴く曲。あの、切羽詰まった秋の日を思い出す。


「静かにきたソリチュード」 今井美樹