父は何につけても「全集」が好きな男だった。貧乏なはずの我が家には様々な全集があった。むしろ、この全集のせいで貧乏なんじゃないか、と思ったほど。出版社は忘れたが「日本の歴史」「日本の文学」「世界の文学」「世界の名著」「世界の名盤」等々。小学3~4年の頃、大河ドラマの「黄金の日々」をきっかけに歴史に興味を持ち、それから、難しかったが「日本の歴史」に手を出す。中学に入ってからはマンガをきっかけに文学な興味を持ち、「日本の文学」に手を伸ばす。双方とも、今の知識の礎ともなる本だった。確か、数十巻あったが、こどもの空き時間はバカにできない。ほぼ、読みきった。


中学2年で高知に転居してからは水泳に力を入れはじめる。というよりも、友人がいない。高知では中学の2年間、友人はいなかった。しゃべるだけのツレはいたかもしれないが、その後、高校時代に会ったのはヨコタだけだし、それ以来誰一人と連絡を取っていない。会う気もない。そんな、振り返るだけでも灰色、いや、真っ黒の時代に暇な時間は大敵だった。木曜日以外は学校が終わればピープルでの練習が待っている。日曜は朝練。だが、問題は日曜の昼以降、木曜日の放課後だ。そもそも友人がいないのだから、誰かと何かをするわけにもいかない。なら、内向的な時間を過ごすしかない。しかも、高知に転居して多少広くなったとはいえ、二階にある六畳の部屋に三兄弟。弟二人は双子だったから、常にやかましくてしかたがない。自分の世界に没頭するために、ひたすら読書をしていた。でも、二人の存在を意識せざるを得なくなる時もあり、そんな時は階下に行き、リビングもどきの部屋に置いてあるステレオを聴く。但し、あまり音量を上げるなと言われていたので、ヘッドフォンをかけて聴く。中2の頃、持っていたレコードはアルバム2枚くらいとシングル10枚くらいか。アルバムもシングルも、A面B面とも聴きまくり、それこそ、そもそも好きな曲だからカセットに録音して常に聴いているもんだから、飽きてくる。そこで、父の「世界の名盤」をガサッと引っ張り出す。少しでも聴けるものがあればいいな、と。1年前、まだ広島在住時にサイモン&ガーファンクルのレコードがあることを母から聞き、その2枚は聴いていたが、もしかしたら掘り出し物があるかも、というわずかな希望とともに、あさる。ポール・モーリアだの、スティーブなんちゃらだの…イージーリスニングと呼ばれるものや、ラテン系のよくわからん人やバンドの中に、えらく滑稽に見える頭モジャモジャのアーティストのレコードがあった。なんや、これも、あかんのか、と思いながらもかけてみた。通りかかった母が言う。

「A面の1曲目と、B面の最後の曲は有名よ。B面の方はあなたも知ってるわよ」

有名? 知らんがな。そう思いつつもB面の方からかけてみる。おっ、知ってるわ、確かに。ほな、A面の1曲目に変えよう。聴いてみる。知らん。あ~ぁ、やめようかな…と思ってステレオに向かった時、A面の2曲目が始まった。イントロのピアノが聴こえた瞬間、パチンと心を射抜かれた。私好みの暗くて切なくて歌い上げる悲しい曲が展開されていた。エエじゃないか、とすかさずカセットに録音した。歌詞はフランス語だったので、一切わからない。当時はネットもありゃしないし、フランス語の辞書なんて学校の図書館にもない。訳詞もついてない。なのに、せっぱ詰まった鬼気迫る歌が、その当時の自分自身に重なり、この曲に完全に没頭することになった。


後に、大学では第二外国語としてフランス語を選択したのはこの曲の歌詞を訳すためだった、という話は高校から大学2年まで付き合った彼女にしか言ったこともないくらいだ。


日本語のタイトルは、いたって普通なのに、原題は「誰がおばあさんを殺したの?」であることは、この5年後、大学1年の時にフランス語の講師に教えてもらった。


何年か後に、有名な韓ドラ「冬のソナタ」で、著作権の関係か何かで、日本放送版は、この曲のインストゥルメンタルバージョンが流れていて驚いたが、やはり、いつ聴いても高知での暗い日々。晴れているのに、真っ暗だったあの秋冬を思い出してしまう。


「Qui A Tue Grand' Maman」 Michel Polnareff

(邦題「愛のコレクション」)