
福岡市の中心部である天神エリアは、再開発の真っ只中。
老朽化したビルなどが次々と建て替え中であります。
天神コアという、若者御用達のデパートがあり、建て替えのため間もなく閉店となるようです。
若者向けファッションとはいえ品物がなかなか安いので、40代でも着れる服や靴はないかと、年に数回ほどのぞいておりました。
よくスニーカーを、天神コアの同じお店で買っていたので、次からはどこで買おうかと模索している。
10代の青春を天神コアで過ごした福岡の多くの人達は、天神コアが無くなるのは本当に寂しいだろうと想像する。
天神コアは、東京でいえば、渋谷そのものといった場所だろうか。
コアに集っていた若者達が今後どこへ向かうのか見物である。
福岡に越してくる前は、
コア
と聞いて一番に思い浮かぶのは、
銀座コア
だった。
私が美容師の下積みをした20代前半、銀座コアにテナントで入っていた美容室で数年働いていた。
もう20年以上前の話であるが、今ほど外国人も少なく、バブルがはじけた後とはいえ美容室業界のカット料金も4000~5000円が平均で、価格破壊の手前だったと思う。
ちなみに働いていた銀座コアの美容室は、カット料金が6000円だった。
そこの美容室では、特にヘアカラーとブロー技術を徹底的に教わった。
アメリカ帰りのカラーリストがいて基礎から学び、今でも私のカラーリングのレシピの基礎はその師匠の教えがある。
仕事以外にも遅くまで練習の日々で、体力もメンタルもやられていたが、
ある時マダムのお客様から
「あなた、今日もシャンプーありがとうね」
とアシスタントの私が諭吉様をチップでいただいたりして、それはそれは嬉しかった。
下積みの辛かった日々でも、一年、二年、と時がたてば、美容師としての技術もそれなりに向上するもの。
銀座コアである程度修行をし、その後池袋の美容室へ移った。
お客様の層は、銀座のマダムからブクロのギャルになり、
技術の幅も接客の仕方も真逆な方向へと変わり、更なる勉強の日々となった。
銀座コアと天神コアの雰囲気は全くの真逆なのであるが、
私が銀座コアと聞いて20代前半の頃を思い出し胸が熱くなるように、
天神コアと耳にして青春を懐かしむ人々も多いのでしょう。
数年後に天神コアは建て替えてリバイバルするのでしょうが、
年齢を重ねてくると、建物や街のうつり変わりというのも、さまざまな思い出や感情をくれる事に気づく。
人生の折り返しも過ぎたので、ふと思い出してはさまざまな事を懐かしむ事象があるこの頃。
反面、思い出に浸るよりも、まだまだ人生を開拓していかないとダメだよという自分もいる。
人生の先輩達も、中年期というのはそんな感情をいったりきたりしたのでしょうか。
そんな事を気軽に話せる人がいないのでここに書いてみた次第です。