自然災害の多い日本において、もはや安全な場所など無いのではないだろうか。  

日本は環太平洋火山帯の中にあり、更にプレートの境目でもある。
台風もくるし、加えて国同士のいざこざもあり、原発保有国である日本は、いつどこで何が起きてもおかしくない。

人というのは、いつどうなるかわからないものだと思っている理由は、
311で古郷が被災したのが大きいかもしれない。
備えをしないよりは、後で後悔しない暮らしを送りたいと思っている。




311の時に感じた事があまりに大きい。
新宿にいて電車が止まってしまい、子供を迎えに保育園にたどりついたのは深夜の2時だった。
やっと子供に会えた時の安堵感は、今だに忘れない。

新宿から住んでいた町田まで歩いて帰宅しようとしたが(無謀です)、新宿駅界隈の路上が全て人で溢れ返っていた。

もしもまた、大きな揺れがきて多くのビルが倒壊したら?
地盤が陥没して穴があいたりしたら?
通信機能が絶たれて警察などが機能しなくなったら?
暴動が起きたら?
新宿にいるのはあまりに怖すぎる・・・・

などと想定して、大都会に住むのがとても怖くなった。
守る物(子供)があったからだと思うが。




それ以降、万が一の備えが日常的になり、福岡に住んでいる今も続いている。
水や食料、簡易トイレの備蓄や、寝室にヘルメットもある。
寝る時は、いつ外に避難しても大丈夫な寝巻きにしている。
間違えてもフリフリしたような寝巻きは着ない。
いざどこかに避難するとなった時、髪の毛が長かったらハサミでザクザクと切って家を出ようと思う。
女感を出さないようにである。
後ろ姿で女と分かれば、顔と中身はオバサンでも勘違いされて襲われる確率が高くなるから、
女っぽいビジュアルはしないほうが良いのだと気付いた。

大袈裟?やりすぎ?

防災面だけでなく、やたらヘリコプターが飛んでいると何か事件でもあったのでは?と考えるし、
やたら警察官を見かけても同じように考える。
子供共々、危ない目にまきこまれないよう、危機管理意識を高めねばとも思ってしまう。
古びたビルの下を通る時は、看板などが落ちてこないかと早足で通るようになってるし(笑)、
異臭や燃えたような臭いが漂っていれば、火事なのでは?とキョロキョロするし、
いつも通る道も日常と違う気配には敏感である。
我ながら、病的である(笑)



自分は単なる心配症なのかもしれない。
おそらく安全といわれる所に住んでも、きっと何かしらの不安を持つのだろう。

人生なるようにしかならないんだから、そんな事に執着せず、もっと好きな事に時間を費やしたほうが余裕もあって楽しい人生かもしれない。

勿論、今住んでいる場所も決して安全とはいえない。
どこに住んでいても、最大限の備えをしても、もしダメならその時はその時なのだろう。

しかし、悔いのない人生のためにと、
まるで趣味のように日々の備えをして、やるべき事を翌日に持ち越さない暮らしが落ち着くのである。

今回の台風19号はたまたま東日本を通ったが、九州にきててもおかしくなかったし、明日は我が身なのであります。