9月の連休に、2泊3日で南三陸の実家へ行って来ました。

家族とは6月に、弟家族と祖父母の集団避難先だった大崎市で会いましたが、南三陸へ行くのは4月以来でした。


8月にやっと仮設に入れた実家家族の生活ぶりや、町の様子など見るのと、家族や親戚のヘアカットをするのが目的です。




4月に帰った時よりも瓦礫も少なくなり、
いたる所に緑が生えてきてたり、
埋め立てて地形が変わってたりと、
ネットなどで見てたものの少し風景が変わっていました。

沿岸部の空地には瓦礫の山、というか、
びっしりと高く積まれた、瓦礫の壁?

よくもまぁ、、、こんなにも高く。

漁師の人達が(うちは弟が参加)
海中の瓦礫やゴミを引き上げてるみたい。

この瓦礫は、いったいこの先どこへ行くんだろうか。。。。







実家があった跡地の前の海は、
沈下したせいか防波堤などすっかり海に沈んでいて、
かろうじて船引き場に行ける程度。

散歩がてら姪っ子とSYULLYも一緒に歩いて行ったけど、

ちょっと怖くて海岸沿いには長居したくなった。


子供の頃から海と共に育ったはずなのに、震災以来なんだか海が怖くなりました。







父が畑を提供し15軒の仮設が建ったようですが、表面には出てこない様々な問題もあるようです。

町内のあちらこちらに田んぼと畑があった実家ですが、
中学校の近くのうちの田んぼにボランティア(公認ボラか個人ボラがわかりません)
の人々がテントを張ったりしているらしい。
草花を刈りまくって田んぼを潰しているらしい。

被災地のために来てくれているんだから、

と、言えずにいる父。

言えばどげっから言ったらいっちゃ、

だけっと、どうせ今使わね田んぼ、貸したっていいべっちゃ、
な母。

思わず笑ってしまったけど、
そんな些細な問題も町には山ほどあるんだろうなと思う。
皆さんいろんな事でガマンしてると思う。



今の事、
数年先の事、
実家家族をはじめ、悩みながら生活していく事になりそうな人々が多いんじゃないかと思います。

でも、3DKの仮設をうまく使って、
父母も弟も義妹も、同じ敷地内の仮設に住む祖父母家族も、とにかく皆明るかったので安心しました。