震災から間もなく4ヶ月です。

昨日、南三陸町から自衛隊が完全に撤退したみたいです。

ずっと両親のいる避難所にテントを張って支援してくれていました。

高校生に持たせる弁当のための朝の米の炊き出しから、瓦礫撤去から、捜索、
子供達と遊んでくれたり、精神的支えにもなるほどお世話になっていたようです。

マンパワーの公的な支援は無くなった事になります。
(ボランティアさんやNPOさんは、まだ継続してくださってます。)



仮設も続々とでき、自立できないのにせざるを得ない状況もよく耳にし、
しかしいつまでも支援に頼ってては、地元企業や産業の妨げになるとも聞き、
ひっくるめたい町の方針もあれど、
いかに細部に渡っての、救いの手ではないかがわかります。

町も基準の焦点を定められないでいるのでしょうね。



あれだけ集められ送られていた物資や、しきりに呼びかけられていた募金運動も最近は少なくなっています。



とあるボランティア団体さんが、南三陸町への支援の回数を減らすとの事でした。

やっぱりね。ですね。



義援金なども、ちびりちびりの分配で、町の機能もガタガタな中、
これからは知人や親戚宅に、直接支援したほうがいいのかと感じてしまいます。



避難所の母などにそんな話をすれば、こちらの心配ばかりで話になりません。

母も父も、目の前の事でいっぱいいっぱいです。



匿名で送りつけた所で、欲しい物でなかったりすると迷惑だし、
知ってる人ならば今度お返しをと思わせて、これまた迷惑をかけてしまう。



私自身やはり南三陸町直としてくれてるボランティア団体を、選択し直したほうがいいのかもしれません。



震災直後の光景をTVで見たり、
たまたま、とある特集で見たとある町などに、
縁やゆかりのない方々でさえ動いてくれた支援は、とてもとてもありがたい限りで、頭が下がります。



故郷出身者としては、やっとスタートな感じです。

自己満であり、とても細いかもしれないけど、息を長く、できる事を続けるつもりなので。

そう思ってる被災地出身の方々が、全国にたくさんいる気がしますが。

お金を使わなくともできる支援も思いつきます。






同じ県内の町々でも、
仮設ひとつ、義援金分配ひとつ、復興ビジョンひとつが、方法・方向が違ってたりします。



町々の特色が違うから違ってて当然かもしれませんが、
ここにきて支援の形が、本当に多様化してきた気がしました。






長々と独り言すみません。

みんな頑張っています。

暑さに負けず頑張ります!!