愁的修道見聞録。 -10ページ目

愁的修道見聞録。

思い浮かんだこと。聞こえてきた雑音。考えさせられる事象。考えねばならぬ未来。
日々を人を考えてみる。

この世界は
平等ではない

ただひとつ

“死”
平等

生まれたからには
いつかは尽きる命

義務でも権利でも
選択肢でもない
ただの
確定条件
なのだ

明日
交通事故に遭う
かもしれない
心臓発作が
起きるかもしれない
通り魔に
刺されるかもしれない
ベッドの上で
天寿全うかもしれない

そんな内容なんて
どうでも良くて

平等に
その刻がくる
だけの事

死ぬのが怖い
死にたくない

って
必ず死ぬのに
何を仰っているのですか?

闘病してたり
大切な存在がいたり
成長見守りたかったり
成し遂げたい事があったり

直面してる人
死と対峙してる人
少なからず
いることでしょう

いじめに苦悩して
誹謗中傷に曝されて
変えられない現状に
嘆いてる人も
いることでしょう

でもね

まだその時点では
死んでないんです
生きてるんです

死に怯えながら生きて
いじめに苦悩しながら生きて
心無い声に苦しめられて

そんなの

生きてる
って
言わないでください



生きる

ってことは

死ぬ間際まで
やりきる

ってことに
そろそろ
しましょうよ


次の瞬間
死ぬかもしれないんだから
その一歩手前までは

幸せだった!!!!!

って
言いきれるように
生きましょうよ

俺はやってます
他にもやってる奴ら
沢山います

死ぬまで生きる
寿命尽きるまで
やりたい事やる

シンプルに
そうしましょうよ

悩んでる人
悩まされてる人
行動起こせない人
引っ込み思案な人

別にミスったって死なないし
先輩に怒られたって死なないし
フラれたからって
世界が終わるわけじゃないし
誹謗中傷に曝されたって
気にしなければ
いいだけの事

あいつら


なんでわかんなかったんだよ



死は選択肢
にしないでください
勝手にその刻がきます
遅かれ早かれ必ず

他人は
自分には変えられません
他人が
自ら変わることはあります

戦争は
止められないけど
戦争が
止まることはあります

世の中
自分には
どうしようもない事
ばかりです

他人の行動も
世の中の動向も
自分には
どうしようもない事
なのに

思い悩んだり
考え込んだり

してませんか?

どうしようもない事
自分の周りで起きているだけの事

自分は?貴方は?
何をする?


やりたい事やろうぜ
いい事なら真似してこうぜ

今日に昨日に一昨日に
納得をしながら
生きようぜ

死ぬ間際まで

幸せだった!!!!!

って言い続けてこうぜ


死に怯えるなよ
生に向き合えよ


いつか尽きる命を


楽しもう!!!!!






『冬の花/宮本浩次』




私にとっての
ターニングポイントの重要な一曲

何度目かのスタートのきっかけ
人はいつからでも変われる
そして、熱くなれる


綺麗なもの、整ったもの
潔癖で聡明で品行方正
そんなものばかりで
溢れてしまう世の中なんて
面白いの欠片もない
無機質な世界

打ち込むこと
やりきること
無様に生きること
泥に塗れること

そこに
人としての価値を見出せ

笑われようが
疎まれようが
振り切って貫き通せ

その道程こそが
価値となり
意味となる


負けるな
あらがえ
立ち上がれ





2013年を振り返ってる、去年の自分(*´艸`*)
今年も振り返る、だって“堂々巡り”なのだから。

2013年は自分にとってどん底の年
世の中的にも様々な出来事が起きた年
多くの人の人生が変化、終止符を迎えた年

元より常に受け身で、周りにして貰って
周りが対応してくれて、流される性分

自発がないのだから、外的要因に
不満を抱くor忍耐、の日々

そりゃストレス溜まる(ノ∀`)タハー

楽しい、ってなんなの?
って言う疑問、抱いたことあります?
楽しいの反対語って、なんだと思います?

‘楽しくない’でも‘つまらない’でもなくて
自分は‘興味が湧かない’だと思ってます。

生きていく上で、
物事に興味が湧かない、関心が持てなくなる事、
特に危険な状態だと言えると思います。

現代社会において日本は
そういう無気力人間を生み出してしまう
若い芽が摘み取られ、蕾を刈り取るような状態。

徐々に変わってはきている。
でも、みんなでは無い、ということ。


2019年(正確には2018年から)は、とあるきっかけで攻撃性を表現化できるようになった年。覚醒の年。

攻撃性と言っても、暴力ではなく討論。
意見交換。話し合い。等々
積み上げてきた知識と理論が、
正しかったと確信した年。
他者と関わることを実感して、
自分を認識できた年。一般社会に対して。
能動的に動く、という事が
どういう事なのか、わかってきた。


そして、、今現在。

楽しい、という事がわかる。
幸せ、という事がわかる。
好意、という事がわかる。
愛、ということがわかる。

ようになった。
昨日を振り返っても
一昨日を振り返っても
一週間、一ヶ月、もっと、、

辛いこともある。大変なこともある。
それでも「幸せ」と言いきれる日々を送っている。
「今日も一日楽しかった」と言って眠りにつけている。

受け入れた情報や状況を
すべて思考で解決できるようになった。
昨日書いた「愛」に
今の思想を詰め込んだ。

今日と明日を
楽しんで、楽しめるか

皆に幸あれ




貴方を愛してる
お前を一生離さない

愛が冷めた二人
愛のない仮面夫婦

愛に燃え上がり
愛に踊らされ
愛が朽ちていく
関係性

世の中に蔓延る
そんな腐った
愛なんて
燃やしてしまえ

愛がなくても
死ぬ訳では無い

愛に飢えてても
腹は満たせる

安っぽいラブソングで
刷り込まれた幻想

三流ドラマで
洗脳された花畑

いい加減
気づけよ

人と人とが
損得勘定なく
ただただ
好意的な
行動を起こす

自分が良いなと
思っている相手に
喜んで貰えたらいいな
行動起因
とせよ

それで
喜んで貰えたら
御の字
ウザがられたら
ドンマイ

それだけの事

自らが
行動したいと思い
自らで
その結果を
享受する

それだけの事

嫌がられたなら
次しなければ良い
ウザがられたら
控えればいい
否定されたら
相手にしなければ良い

お前の
親切心は

必ず
伝わる

受け取る誰かが
待ってる誰かが
必要な誰かが

必ずいる

お前の良心を
否定する奴らを
否定しろ

お前を
必要としている
受け入れてくれる
人達がいることに
早く気づけ

潰されかけてる暇があるなら
一人でも良いから
良心を配れる相手を
見つける努力しろよ

世界は
そこだけじゃない
囚われるな

誰かに
ありがとう
って
言われてみろよ
言わせられる
行動してみろよ

好意を与えたら
好意が返ってくる
世界を築け

誰かに
素敵です
って
言われてみろよ
謙遜しながら
ニヤケてみろよ

それでいいんだよ

くだらない奴ら
相手にして
思い悩んでるくらいなら
自分の価値を見失ってるくらいなら

お前を受け入れてくれる
誰かに好意を配って
倍返しして貰えよ

それで

それだけで

アイツらを
見返す事ができるんだぜ

どうせ
いつかは尽きる命

悩んでる暇も
落ち込んでる暇も
潰されてる暇も

ないんだよ
気づけよ

やる事をやる
やりたい事をやる

したい事のために
行動を組み立てろよ

過去と遠い未来の
今変えられない事柄に
悩む暇があるなら

今日と明日
何するかだけ
考えてみろよ

好きなもの食べろよ
眠たきゃ寝ろよ
好きな相手に
告白はしなくていい
好意を配れ

ぼくなんて
なんて卑下するな

生きる意味も
生きる価値も
今考えても分かるはずない

そんな事柄で
思い悩むな
思い詰めるな

今日一日
やりたい事
やれたかどうか

明日一日
何が起きるのか
何が起こせるのか

それ以外
   何が出来る?

それ以外
   何する必要ある?

幸も不幸も
出来事として受け入れろ

どっちだって
いいんだよそんなもん

大事なのは

受け入れた自分
どう考えて
どう対応して
どう処理していくか
だけ

自分が抱く
好意にのみ
執着してみろよ
着目して生きろよ

己の抱く
好意を晒して
それを共有できる
人と歩め

その人と
その人達と
築きあげたものを
世界
と呼べ

そこは愛に溢れている








おはようございます愁と申します。いきなり話し出します。優しい世界が作れたらいいな、と思っていて、皆がいいねを送ったりそういう社会構造になってきてたりとか


ネットの中の仕組みとして、そちらにどんどん移行されてきてると思うんですけど、まだまだ誹謗中傷が横行していて、自分のことを棚に上げて人のことをとやかく言って、みたいな人達って多いと思うんです。自分はそういう人たちとは、多分関わることはないんですけど、、今の歌のアプリカラオケのアプリで遊んでて


自分も気に入ってる人のところとかいって、聞いてすごいなーって思ってるんですけど


やっぱりそういう人を集められる人、人を惹きつけられる人とかって、すごいね〜とか、感動しました〜、誕生日でした〜おめでとう、みたいなやり取りを見てて、良い状態の気持ちしか、飛び回ってないんです。そういうのに溢れてるから、今自分、とっても調子が良くて、毎日が幸せでした、って言える状態、昨日もおとといも今日もきっと幸せな


1日が終わる、と思っているので、少しずつ自分の周りからでも、いい感情が飛び交う


世の中


にしていきましょう、って思ってます。今日も良い一日をお過ごしくださいバイバイ🖐

おはようございます┏○ペコッ
昨日『いいね』頂けた方々
懐かしい顔ぶれでした(*´艸`*)
お久しぶりです☺️
ありがとうございました┏○ペコッ
私は元気にやっております\(^o^)/

昨日のは
ここ数週間の集大成です(*´艸`*) 
久々にいいのが書けたなー
って自負してます( ˇωˇ )

生活スタイルが変化して
文章は気分が乗った時しか書かない
書けないかもしれませんが
今後ともよろしくお願いします(*´艸`*)

彼女の歌声を耳にした時

思わず叫んだ。


「すげーーー!!」


力強くて澄んでいて伸びやかで

それでいて楽しそうで


とにかくすごかった。

魅了されたのだ。


きっかけは

『冬の花』


たくさんの歌声の中で

一際、輝きを放っていた。


俺はまだ

『冬の花』

を覚えたてで

何度も何度も

その歌声を聴いた。

聴いているうちに


「コラボしたい」


高嶺の花に

手を伸ばしたくなったんだ。


練習を重ねた。

動機は『冬の花』を覚えて歌う

だけだったはずなのに

いつしか別の目的が

目の前に現れていた。


宮本浩次を見て聴いて

感じているうちに

宮次節と言う特殊能力を得た。


これでイける!

そう思った。


そして

いよいよ

歌った。

声を重ねた。


最高だった。


やりきった自分に感動した。

出来上がった作品にも心が震えた。

彼女も喜んでくれた。

久々に味わう達成感だった。


素晴らしい一日だった。

と同時に

平穏な日々の中でも

達成できることを

知ってしまった。


それから

コラボを重ねた。


『瞬き』

M

『ダイアモンド』


どれも名曲

歌い慣れている歌

聞き馴染みのある歌


それらが

彼女とのコラボによって

より一層

輝きを増したのだ。


作品が仕上がる度に

感動を味わえた。

幸せに浸ることが出来た。

至高とは、正にこのこと。


もう後戻りなんてできない。

さらに一歩、今より前へ。




ある日、彼女に尋ねた。

「『獣ゆく細道』はやらないんですか?」


椎名林檎と宮本浩次の傑作

最高峰であり最難関と言われる

最強デュエットである。


彼女は

「ん〜?ちょっと聴いてくる〜」

 (、、、知らなかったんだ。。)

「いいねー!たのしそー!」

 (よーし!やるぞーー!)


とはいえ、俺自身もつい最近

宮次節を修得したばかりだ。

YouTubeで『冬の花』の次のオススメが

『獣ゆく細道』だったので、

すごいなー、って聞いてた程度。

無知も同然。とりあえずやってみよぅ。。


、、


、、


、、、



むずーーーー!!

え?わからん、メロディごちゃごちゃやん

上?下?ラインがみえないーーオワタ\(^o^)


落ち着こう( ;;Д;)y~~


ひとまず他の歌うまさんのを聞いて

なんとかせねば、、、


うめぇーーー!!

むずーーーー!!

むりーーーー!!


を繰り返してた2日後、、

「ひとまずできたよー!」

 (はやっっ!すごっっ!)

送られてきた音源を聴いて、、

やっぱりすげーーー!!

早く合わせてみたい!


会社からでてすぐに

コラボポチッ、、

(右往左往で右往左往しちまう、、)

(あとでネタにしよう。)

(あっ、、ものほんのとこ本物ゆーてる)

(音が飛び跳ねてんなー楽しいぃぃ)

(最後わかんねーオワタ\(^o^)/)

決意表明のメッセージ付きで送り返した。


そこから必死に聴き込み。

整え、整えて、

宮次感折り込んで、、


なんとか完成。。

( ‘ω’)/ウオオオオアアアアーッ!


他の歌うまさん達のと聴き比べしても

なんら遜色ない!これは良い!!!


一から、いやほぼゼロから、

二人で、創り上げた達成感。

感無量とはこのことなのだな。

達成感に浸った。。。



しばらくして、或る日のこと

「次やりたい曲とかありますかー?()

「コラボに誰もやってくれてないのが

あるんだよねー」

「『冬の花』と同じくらい好きでー」

「『ポラリス』っていう曲~聴いてみて~」


聴きましょう。。


はやっっ!

すごっっ!

いいっっ!


なるほどなるほど、、ん?

コメ欄がなんか、、、

(Wikipedia閲覧)

そういうことなのかーー(A)


やってやりますとも!!


BUMPが好きで歌ってきた

RADが好きで歌ってきた

米津さんの音調にも似てる


コラボ一覧で唯一ゼロ

欠けたピースを埋める


BUMPの黒猫も言ってた

「この日のために生まれてきたんだろう」

俺も今、そんな気分だ。


聴き込んだ。


この曲が何を伝えたくて

どれだけの人に支えられて

どれだけの人を救ってきたか


その想いを

込めて

歌った



『ポラリス』

北天に輝く一番星


それを座標にして

皆、思い思いに進んでゆく。

道に迷いそうな時でも

自分の居場所を教えてくれる。

大切な星。



私は

既に星を得ていた


『ポラリス』に至る

始まりの歌『冬の花』


どちらも貴方と紡ぎ

帰結する場所は一つ


貴方が存在る限り

私が迷う事はない





ご覧になられた皆様へ

この質問者の意図や行動に対して、どう思われるかご意見頂けたら幸いです。表で書けない方は、DMor質問箱で結構ですので、宜しくお願い致します。


さてさて、、

ここ最近の呟きで、ある程度の回答はしてあげてるけど

改めて答えておきますね(´ω`)


「最近見なかった」のは「君が見るor見ない」というだけであって、俺は毎日、Twitterにもミラティブにも白テニにもいましたよ((´*))ヶラヶラ

仕事もしてるし、遊んでるし、毎日楽しく生きてますよ(*´`*)ところで君はどうなの?楽しい?


あと私の言い方が「はなにつくので嫌い」

これは私にとって最大級の褒め言葉ですけど、おわかりですか?(*´`*)

君の家には、虫除けスプレーや虫コナーズ、コバエホイホイやゴキブリ用のブラックキャップ、置いてませんか?

自分の家や部屋を守る為に、害虫が嫌うハーブの香りや撃退スプレーを用意しているはずです。

私の言い回しが充分にその効果を発揮している、という紛れもない証明となります。

害虫ではない人々にとって「ハーブは良い香り」程度で、愁またなんか面白いこと言ってんなー、やってんなー程度ですよ(*´`*)


最後に「うざい きもい」あと「死ね 消えろ」

これらも良くよく使われている酷い言葉ですよね。

本当に良くないと思っています。

相手を認めず、存在そのものを否定する言葉。

それらの言葉が、数十人、数百人、数千人、数万人から、形や内容を変えて一気に投げつけられ、それらが絶えることなく毎日毎日続くのであれば、人の心は一溜りもなく消失することになるでしょう。

そうなれば

貴方は人殺し

なのです。

証拠もない、立証も出来ない、完璧な完全犯罪です。

言うだけ言ってスッキリした貴方は、明日も平凡で不毛な日常を過ごすでしょう。

でも、対象者に明日は来ない。知人友人は、それぞれに想いを抱えて生きることになる。

なぜ助けられなかった。あの時こうしていれば。

後悔と無念の十字架を、多くの関係者に背負わせることとなるのです。

不毛な日常を過ごす貴方は、ニュースやネットでその事を知り

「あ、ちょっとヤバいかも、垢消しとくか」

程度で、新垢作って新たな人格として、ネット内に生きることになるでしょう。

でも、貴方自身は知っている。存在否定する言葉を発したことを。それはいつか、自分の身に襲いかかってきます。

「貴方自身の存在は否定される。」

預言しておきます。呪いを込めて。


だから、そうなる前に、それぞれ各人が気づかなければならないのです。

身内や友人が加害者側だったら?もしくは被害者となったら?

このまま無関心のままでいけば、

待っているのは「超監視社会」ですよ。

自由は奪われ、発言は規制され、徒党を組めば牢獄行きです。

既に世界で起きていること。

見てない、知らなかった、では済まされないこと。

自分たちの周辺だけで良いです。

「律すること。制御すること。分け合うこと。」

それだけで、大切な日常を守れます。

どうか気づいて、行動してください。


同じ締め括り方をします。

これは質問者への回答と同時に

文章を理解できる、賢い貴方たち

一人一人に投げかけています。

ここまでの長文が読めたなら、あとは何をすべきで、何をすべきでは無いのか、お分かりのはずです。


平和な日常は、維持しなければなりません。

全き人を目指しましょう。




世間で今、取り沙汰されている「誹謗中傷」

木村花さん、三浦春馬さん、本当に残念でなりません。お悔やみ申し上げます。合掌。

敢えて御名前を挙げさせて頂きました。

皆様の記憶に新しい事象でありますし、尚且つ、それらは貴方自身に起こり得る問題です。

次の瞬間から、貴方が標的にされる可能性があります。なんら目立つことの無いごくごく一般的な個人が、SNSでの呟きをきっかけに大炎上。

誹謗中傷、人格否定、罵詈雑言etc…

多種多様な負の感情が留まることなく、次から次へと襲いかかってきます。

そんな時にどう対応すべきなのか。

私なりの対処方法を記載致します。


一、理解者の確保

一、主張の一貫性

一、理と義と道理


1つめ、理解者の確保

どんなに屈強な大男でも、格闘家でも、プロスポーツ選手でも、思考と精神を破壊してしまえば倒すことは可能です。

今の時代、ネットと思考は直結している状態です。

誰もが簡単に、その時の気分で言葉を発信できます。

言葉は、「凶器」にも「癒し」にもなります。

「発信者の思惑」と「思惑の受取り方」が、すれ違う場合も多々あります。

・言葉の履き違え

・微妙なニュアンス

・どちらにも解釈できる言い回し

ネット上の文章において「曖昧」は死活問題です。

生活環境、世代、立場、その時の精神状態

受け手はそれこそ多種多様。

賛同と否定、許容と拒絶、配慮と無視

アクションに対してのリアクションが、必ずでてきます。人権問題や国際問題、異文化や多国籍。センシティブな内容ほど警戒しなければなりません。


そんな中で大事になってくるのは

「理解者の存在」です。


一人でも二人でも、少なくて構いません。

「こう思って呟いたら、こんな事言ってくる奴がいるんだよー」に対して

「そりゃひどいなぁ。お前は正しい、折れるなよ。」

もしくは

「そりゃお前が間違ってる。こうした方が良くない?」

自分を理解してくれて、受け入れられる言葉を投げてくれる存在。そういう人が居てくれるだけで、心は平静を保てます。

この存在は、親兄弟や同級生とは限りません。

ネット内に、必ず、自分を理解してくれる存在・受け入れてくれるグループがあります。絶対に。

見つけてください。居場所は必ずあります。


2つめ、主張の一貫性

「自分はこう思った。だからこの発言をした。」

それは貴方の正しさであり、正義なのだと仮定します。

それに対して別視点の正義から、反論してくる存在があります。

戦争、紛争、抗争、揉め事

争いごとが絶えないのは、仕方ないことです。

主張、立場、文化、背景、生活環境

それぞれが皆それぞれ、違うのです。

その時に大切になる事は二つ。

・主張の一貫性

・容認と不可侵

これに尽きます。

相手方から反論受けて、すぐ主張を取り下げる。

こんな事になるならば主張しない方が良かった、という事になります。

例えば

正義感から、ゲーム内の煽りやチーターを晒して、成敗しようと呟いて、相手方から猛反論受けてその呟きを消す。どこかで一度は目にした光景だと思います。

でもその時に賛同者の方が多ければ、その迷惑行為を排除できる、という事になります。

誰かを否定する、排除する行為には、反発は付き物です。そこに一貫性や信念があれば、呟きを消す必要はありません。主張を貫くのみです。

そこに「容認と不可侵」を付け加えてください。

先程の例に上げた煽りやチーター、不正行為なので必ず淘汰されていきます。それでも次から次へと湧いてでてきます。それは「容認」しましょう。

そこから「不可侵」です。

不可侵とは、こちらから煽りやチートをしない

と同時に

煽りやチーターと遭遇した時に、徹底抗戦するという事です。

「侵さず」「侵させず」

自分達で楽しめる環境を構築して、その環境を維持する為に行動する。

平穏な日々を維持する為に必要な事は

「戦わない争わないという主張」

ではなく

「我々の平和を壊すなら徹底的に潰すぞ」

という力と構えです。

どこかの主張と似ていますよね。わかる人にはお分かり頂けると思います。


3つめ、理と義と道理

これは裏付けの話です。

自分が思う正義や主張、これは各々にあります。

その正義や主張は、何を拠り所としているのか。

それが発した言葉の強さのバロメーターとなります。

私が大切にしている事は上記の3つです。


・理(コトワリ)

物事には当然、始まりがあって終わりがあります。

原因があって、それに対応した結果があります。

「因果関係」

これは、人の行動に於て、遥か昔から変わっていません。

「孫子の兵法」「論語」

「キリストの教え」

「ギリシャ哲学」

今もなお、ビジネス書や道徳で取り上げられる題材で、2000年以上経った今でも通用しているということです。

そこに普遍の理がある、ということです。

識る事をお勧め致します。


義理人情、義侠、仁義、正義感、、

いい言葉ですよね。

義とは「他者の為に何ができるか」です。

誰かの為に行動する。これが人の道です。

迷惑をかけず、困っている人がいたら手助けをして、悪い奴らがいたら懲らしめる。

「勧善懲悪」

水戸黄門や暴れん坊将軍や必殺仕事人

ねずみ小僧に石川五右衛門

江戸や京都、遡れば歌舞伎

人気の三国志演義

桃太郎や金太郎、源義経

戦隊モノや仮面ライダー、ウルトラマン


平民、一般人は、常に困っているんです。(語弊込み)

それを助けてくれるのは

「正義のヒーロー」

「義侠に厚い無頼漢」

「正しい権力者」

なのです。

日本人は古来から

「勧善懲悪」が肌に合っているのです。

今一度、立ち返るべき伝統文化だと思います。


道理

上記の「理と義」を掛け合わせたものです。

道理に従う事こそ、人として全うで居られるのです。

心が折れかけた時に、立ち返るべき思考です。


結論

ここまで読んで頂けたのであれば

一定の理解はして頂けている、と考えております。


生きづらい世の中と言われて

ダメだダメだと教えられ

諦めかけている方々も

沢山いることは理解しています。

それでも

日本は良い国です。誇りましょう。

それをないがしろにしてくる輩を成敗しましょう。

木村さんや三浦さん、その他今までにも、悪意に絡め取られた、有望な若者たちが沢山います。

日本全体を良くしよう!

なんて烏滸がましいことは言いません。

ひとりひとり、各人の周囲の平和平穏を、維持していきましょう。

これ以上、哀しむ人を増やしてはいけない。

今まで何度も聞いて聞かされて、ここまで来てしまいました。

変えるべきを変え、変わらぬ伝統を引き継いでいく。

できる人から動きましょう。


ここまでお読み頂き、感謝致します。



草原に立ち 涼風が誘う
広大な空に たなびく雲

自由に 流れゆくように
儚くも 向かう先は彼方

想いは消えゆく されど
再び新たに 涌き出づる

夕陽の煌は 静寂への標
暫しの休息 静心の解放

穏やかな時を経て
旭陽を迎えん