新興宗教に入るかどうか迷っている時に教祖様のご尊顔を拝見したらオーラが出ていて、この世の人とは思えない後光がさしていたなどという話を聞くことがあります。
後光はともかく、このオーラなるものを地上の人は総理大臣に会った時や大企業の社長に会った時に感じたなどという話がよくありますが、それは霊魂学で言うオーラではありません。
一つは、相手の立場や社会的な地位にプレッシャーを感じて勝手にその雰囲気に飲まれるということがあるでしょう。
もう一つは霊的な影響もあるのではないかと思います。
要するに背後にいる未熟な霊魂や邪霊が、会いに来た人の幽体や幽気や間気の不調に乗じて、そのような雰囲気を感じさせるのではないかと思います。
特に、新興宗教の場合、背後に霊魂がついていることが多いでしょうから、さも霊的達人のように相手に感じさせるため、かなりいろいろなことをしているのではないかと思います。
まあ、何を感じるのも感じないのも個人の自由なわけですが、宗教的な話で教祖様や霊能力者に凄さを感じたとか、霊的な威厳を感じたとか、後光を見たとかそんな場合は、危険なことが多いと思われます。
地上の肉の脳が霊的な達人から霊的な何かを感じると言うことは難しいと考えるからです。
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イエス師は地上の多くの人々の意思によって磔にされ、殺されました。
当時は今よりもはるかに霊的な環境が良かったはずですが、地上の人々は地上に降りられたキリストの本質を知ることはなかったわけです。
もちろん、立派なお弟子さんもいらっしゃったのでしょうが、キリスト教が広まったのはイエス師の血の禊と復活があったからだと思われます。
地上の人として生きておられるイエス師のあまりにも偉大な霊力など修行もしていない多くの民衆や時の権力者に感じられるはずがないのです。
人は物質界の地上においても、何かの分野でレベルが違いすぎるとその凄さを実感することはありません。
ましてや、幽体が損傷しているレベルと神体が成長しているレベルでは、レベルが違いすぎると言うか、物質界の言語では表現出来ないほどの差があるのですから、分かるはずがないのです。
霊的修行者も修行仲間同士であれば、何かを感じることはあるかも知れませんが、一般社会に入ればただの人ですから、俺は奥伝だとか私は師範代レベルだとか言って見ても、周りの人は頭がおかしいと思うだけで、何も感じないのです。
ただ、霊的修行者がそんなことを言い始めたらもはや高級霊魂は離れ、神霊との契約も無くなっているでしょうから、もしかしたら邪霊が実質的な守護霊になっていて、霊的に異常な雰囲気が出ていて、霊的に敏感な方からは後光がさしていると言われるかも知れません。
大切なことは唯ひとつ・・・・・。
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