807th  結局のところ | おはこの「大切なことは唯ひとつ」

おはこの「大切なことは唯ひとつ」

人は何のために生まれてくるのか。
そして、何のために生きるのか。
10数年ほど前のある日、僕はこの人生最大のテーマに対する一つの答えを見つけることができました。
「大切なことは唯ひとつ」だったのです。

人は霊的な生命体であり、その本質は霊的に進歩向上することにあります。

他には何もありません。

もちろん、地上で肉を着て生活しているのですから、さまざまな生き方があり、それこそ人生いろいろなのですが、地上で物質界の法則に縛られて短い期間過ごすのも、その後幽質界で暮らしていくのも、全て霊的に進歩向上するということのみに意味があります。

だから、そのことさえ少しずつ進んでいれば、実はどのような宗教を信じようが、信じまいが、どんな仕事をしようがしまいが、結婚しようがしまいが、何の関係もありません。

本来、地上の価値観でコンプレックスを持つことなどあり得ない話だと言えます。

しかし、現実に鑑みれば自ずといろいろなことが限定されていきます。

残念ながら、霊魂の存在を否定してしまっては、霊魂の協力を得ることは出来ませんし、人類の長年の負の連鎖によって幽質界には下層幽界や地獄のような世界が作られてしまっていますので、むやみやたらに宗教団体に入るとそれらの未熟な霊魂の影響下に入ってしまい、霊的に下がってしまうと言う現実があります。

また、地上で霊的カルマを解消しなければならないことを考えると、日々の生活を支えるために働かなければなりませんし、法律や一定のルールは守って生きていかなければなりません。

結局のところ、霊的な進歩向上とは直接関係ない環境を整えなければ、霊的に進歩向上することは出来ないと言う面倒くさい状況に置かれているわけです。


さて、今日のブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐに始められる霊的トレーニング を実践して頂き、水波霊魂学 早わかり わかりやすい霊魂学 霊魂通信(「霊魂イエス」「ムーの大神人」) 霊をさぐる 弁慶と弟子 体験ー死後の世界 などをご覧になって頂ければと存じます。


僕個人の話をすれば、妹がクリスチャンになってしまったことが非常に残念です。

ある時、霊的集会の会場まで車で送ってもらったことをチャンスにして、半ば強引に霊査を受けさせましたが、その直後に洗礼を受けてしまいました。

しかし、まだ、唯物論や無神論に凝り固まらなかっただけ、少しだけ希望があると思っています。

霊的な状態が極めて悪いことは分かっているので、もう時間がありませんが、もしかしたら何かの拍子に何とかなるかも知れません。

教会の活動を活発に行っているようなのでほとんど可能性はないでしょうが、唯物論者でないことだけが救いだと言えるでしょう。

詐欺集団は別として、僕個人は霊能力者や宗教団体が悪いものだとは思っていません。

もちろん、対立したり批判したりする気持ちもありません。

ただ、霊的な事実は一つなのですから、霊魂学を信じる立場からは、他の主張は否定せざるを得ないのです。

霊魂学も正しいけれども、キリスト教も仏教も○○教もなんたら学会も正しいなどといい加減なことは口が裂けても言えないのです。

だからといって、論争する気持ちは全くありません。

意味がないからです。

宗教や政治に限らず、必要も無いのに意見の対立を際立たせ、不毛な議論をすることを僕は非常に嫌います。

単に遺恨を残すだけだからです。

結局のところ、ありとあらゆる方に霊的な進歩向上を目指して頂きたいと思ってはいますが、個々には自由意思があるので、「僕は霊魂学だけがそれを実現出来ると確信しています。」と言うことを言い続けるしかないのです。

僕なりに実感している確かなものがあるからです。

しかし、それを実感するには個々による差があるにせよ、それなりの時間はかかります。

だから、継続が非常に重要になるのです。


大切なことは唯ひとつ・・・・・。


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