473th  自由意思イコール何をしても良いということではありません | おはこの「大切なことは唯ひとつ」

おはこの「大切なことは唯ひとつ」

人は何のために生まれてくるのか。
そして、何のために生きるのか。
10数年ほど前のある日、僕はこの人生最大のテーマに対する一つの答えを見つけることができました。
「大切なことは唯ひとつ」だったのです。

人という霊的生命体が幽質界から物質界へ降りることには高貴な存在からの強い反対があったようですが、霊魂たちは自由意思を盾にして強引に希望を通しました。

げに恐ろしや自由意思の権限かな。

地上の人間にも当然自由意思はあります。

だから、戦争をして殺し合いもするし、私怨で人の命も奪うし、大切なものも盗むし、人を騙したり、罠にかけたり、何でもやれてしまいます。

神霊であったキリストを殺そうが、神を罵倒しようが、唯物論に凝り固まって地獄へ落ちようが至上の神は一切関与されません。

それは、神霊も同様であり、高級霊魂も同様です。

守護霊や指導霊になると地上での生活を経験していますし、まだ幽質界の存在ですから、場合によっては何とかしたいと思われることもないわけではないでしょうが、自由意思に関与されることはありません。

自由意思の権限はかくも強く、地上の人間は、他者を呪うことも一生恨むことも出来ます。


しかし、何でもやれるからといって、法律を破ったり、著しく社会のルールや倫理道徳を破ったりして良いわけではありません。

特に、他者にも当然自由意思があるわけですから、その人の命を奪ったり、所有物を盗んだりして良いわけがありません。

自由意思によって出来るということと、やっても良いことはイコールなはずがないのです。

霊的修行者も地上で生きるためには、社会常識の範囲で行動しなければ、地上での修行は全うできませんし、社会と離れてしまっては日々の生活の修行自体が成り立ちません。

自由意思は絶対的であるからこそ、その行使の結果は全て自分に跳ね返ってくるという話であって、良くないことをすれば、それにふさわしい結果が返ってくるのは当然のことなのです。

自由意思イコール自己責任なのです。


て、本日のブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐに始められる霊的トレーニング を実践して頂き、わかりやすい霊魂学霊魂通信(「霊魂イエス」「ムーの大神人」)霊を知るために 弁慶と弟子 などをご覧になって頂ければと存じます。


法律もルールも地上にいる以上大切ですが、霊的生命体としては、霊的な進歩向上はそれ以上に重要です。

特に、霊的に退化することは、霊魂の根幹に関わることですから許されるはずがないのですが、自由意思によってそれさえも認められて、多くの方が自らの意思によって、下層幽界や地獄へ落ちていってしまっています。

残念ながらそのような自由意思の行使を阻害することは出来ませんし、止めることさえ許されることではありません。

しかし、それは決して良いことではありませんし、まして地獄からノコノコ地上にやってきて、自分の仲間を増やすために他者の自由意思に干渉して、霊的障害を起こしたり、霊能力者を生み出したりしてはいけないのです。

ところが、未熟な霊魂や邪霊は己の思うがままに活動し、霊的な被害者をどんどん増やしています。

まあ、それさえもある意味、地上の人間の自由意思の行使の結果と言えますから、誰も関与は出来ません。

だから、最終的にはその結果を甘受することになるのです。

実はそれだけのシンプルな話なのです。

そして、地上に生まれた以上、人類全体の自由意思の行使の結果を受け入れなければならないことは僕も同じなのです。

人類全体の唯物論志向が変わらない限り、僕も何かに巻き込まれる可能性はゼロにはなりません。

どういう理由で地上に再生されたか分かりませんが、この時代に生まれてしまった以上、特別な存在になどなれないのです。


大切なことは唯ひとつ・・・・・。


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