393th  円の秘密 | おはこの「大切なことは唯ひとつ」

おはこの「大切なことは唯ひとつ」

人は何のために生まれてくるのか。
そして、何のために生きるのか。
10数年ほど前のある日、僕はこの人生最大のテーマに対する一つの答えを見つけることができました。
「大切なことは唯ひとつ」だったのです。

神質界、霊質界、幽質界、物質界という霊的な序列があると言っても、その序列の概念自体が物質界でのそれを基準にしているので、正確な表現ではありません。
しかし、何度も書いていますが、それを言ってしまうと霊的な世界のことを物質界の言葉として表現する事自体が間違いだという話になってしまうので、何となく感覚で捉えるしかないのでしょう。
ところで、僕はずっと前から円というものにとても興味を持っています。
世間では円周率の秘密についていろいろなご意見があるようですが、僕の関心はそこにはありません。
僕が関心があるのは、円の場合359度の違いが実は1度の違いだというところです。
例えとして適切ではないかも知れませんが、政治的思想で極左と極右はほぼ同じだという考え方があります。
極左の人は極右になりやすく、極右の人は極左になりやすいのです。
すなわち、最も離れた政治思想が実は一番近いということです。

僕は、最高レベルの神霊が地上に降りられてキリストになられたことや現人類の原罪や霊的カルマ、そして自由意思のことを考えれば考えるほど、地上にこそ大きな秘密があり、地上で生きることには、単に個人の霊的カルマを解消する以上の意味があるのだという結論に達してしまいます。

人は肉があるが故に、すぐに差別をしたがり、自分以外の人間をおとしめることにより己の優越を感じなければ生きていけませんが、どうしようもないと勝手に判断している相手には、神霊に通じるような貴い光が隠されています。

地上に再生されているくらいですから、今地上に生きている人間は全て、本体は下層幽界にはいません。

その意味では、霊的に決して低い存在ではないのです。

確かに地上の悪環境で、現時点では霊的にボロボロの状態になっている方がほとんどでしょうが、本質的な部分には非常に霊的に高いものがあるのです。

しかし、愚か者はそのような人を軽蔑し、侮辱し、己の自己満足の糧としています。

あまりにも愚かなことなのですが、実はその愚か者にも貴い光は隠されていて、本体は上層幽界か上級幽界におられて霊的進歩向上を目指していらっしゃるのです。


地上の人というのはこのように見下す対象ではないのですが、同時に、いかに霊的に高貴な方が無理矢理地上に再生されておられようと現時点で物質界の価値感に染まってしまって霊的進歩向上を目指していなければ、何十年後には下層幽界や地獄のような世界に落ちることになるのです。


さて、本日のブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐに始められる霊的トレーニング を実践して頂き、わかりやすい霊魂学霊魂通信(「霊魂イエス」「ムーの大神人」)霊を知るために 弁慶と弟子 などをご覧になって頂ければと存じます。


本筋に話を戻しますが、実はとても古い霊言に、なぜ最も高貴な神霊が地上に降りられたかという問いに対して、最も高貴だからこそ地上に降りることが出来たという内容のものがあるようです。

僕はこのこと知った時に、自分自身の中で勝手に確信を持ちました。

霊的な世界は円のようなところがあるのではないかと。

前にも書いていますが、地上というのは至上の神から最も遠い場所であるとともに、最も近いと言える秘密があると思っているのです。

そう考えれば、地上に神伝の法、特に神の禊(神伝禊法秘伝)と剣の鎮魂(神伝鎮魂法秘伝)が示された訳が何となく分かるような気がします。


所詮、人は、地上に降りてしまった以上、物質的な生活に染まり、知能を持ってしまっているが故に科学を発展させ、今のような世の中が出来ることなど分かりきっていたはずです。

当たる当たらないはともかくとして、世界中に数々の予言や神話が残されているということは、ある意味当然なのかも知れません。

未来は確定していませんが、このままいけばいずれこのようなことになるという大きな流れは分かるのですから、それを霊的感性の鋭い方が何らかの形で情報として受け取っていただろうということは容易に想像出来るからです。


原罪、いやそれよりもずっと前から全ては神の経綸の一部に過ぎないのだと僕は本気で思っています。

そう考えると霊的カルマは、地上に降りた人類が359度進むのではなく、たった1度進むだけで霊魂としての本質である霊的進歩向上、進化を成し遂げることが出来る「特効薬」だと考えるしかないのです。

特効薬は時として毒から作られます。

人という霊的生命体は、霊的カルマを解消することを原動力として、今地上に示された神伝の法、すなわち、霊的トレーニング を日々行い、トオゥ・ライ・シェイを行なうことによって、真の意味での本来の場所(幽質界ではない)へ戻っていくことが予定されているのかも知れません。


但し、現実はそんな明るいものではありません。

原罪に、霊的カルマに負けてしまった人類は、本当の意味での地獄へ向かって一直線に走り出しています。

これからも起こるであろうさまざまな現象は何を意味するのでしょうか。

一見不幸に見えることが実は真の幸せにつながっていて、一見幸せに見えることが実は真の不幸につながっていることを地上の人々は知る必要があるのでしょう。


大切なことは唯ひとつ・・・・・。


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