願望が真実への扉を閉ざす | おはこの「大切なことは唯ひとつ」

おはこの「大切なことは唯ひとつ」

人は何のために生まれてくるのか。
そして、何のために生きるのか。
10数年ほど前のある日、僕はこの人生最大のテーマに対する一つの答えを見つけることができました。
「大切なことは唯ひとつ」だったのです。

人々はまず最初に自分の願望があって思想を語ります。

自分が救われたいという願望があるから、救われる方法の本を読み、自分は成功したいと思うから成功するための本を読み、死ぬ恐怖があれば、より長く生きるための本を読みます。

ところが願望があるということは、全て動機があってそれを満たすべき結論を求めるのですから、絶対に事実には至りません。

事実を求めるには、願望を全て無視した上で、事実を実験していくしかありません。

試行錯誤を繰り返すのです。

水素と酸素を合わせたら水が出来た。

油を水の中に入れたら油は浮かんだ。

とにかく実験してみて、結果が出ればそれが一つの事実となります。


霊的なことにおいても、まずは願望があります。

霊能力をつけて人類を救いたいとか、完璧な予知能力をつけて自然災害による被害を最小限に食い止めたいとか、メシアとなってノアの箱舟に多くの人を乗せて大洪水から救いたいとか、邪霊やあの世に行ってまで霊的事実とは異なる宗教にかぶれている未熟な霊魂が聞いたら、手ぐすねを引いて待っていたくなるような願望がまずあって、それを成就するために「自分に合った」宗教を見つけ、「自分に合った」修行に励むわけです。

それでは、絶対に事実には到達しません。

事実は事実として存在するのであって、あらゆる地上の人のそれぞれの願望の延長線上にそれぞれの事実があるのではないのです。

ところが、なぜか地上の人達は、まずは願望です。

人々に願望ありきだから、宗教側も今流行のスピリチャルうんたらも、全部、需要と供給のバランスにしたがって、需要があるものばかりを供給するのですから、そこには絶対に事実はありません。


物質界は全て有限です。

人は生まれた以上、必ず死にます。

人生の長さの差はそれほどありません。多少短いか多少長いかだけです。

地上の人間にとって大切なのは、霊的に正しく生きて、霊的に正しく死ぬことです。

地上に生まれた以上、生きていくことは大事です。

そのために勉強したり、競争したり、労働したりしなければならないでしょう。

それを全て否定してしまったら、今の世の中では生きてはいけません。

だから、好きなように生きればいいのです。

しかし、地上に生まれたのには意味がありますから、その意味を知った上で、正しく生きて、正しく死ななければならないのです。


「この苦しい病が治りますように。」

そう思うのは悪いことではありません。

ところが、守護霊や指導霊はそう見てはいないかもしれません。

「今、ここで重い病に悩まされていれば、霊的に目覚める可能性が高い。ここは何としても病が治ってもらっては困る。」

そんな風に考えておられる場合もあります。

あるいは、「おいおい、こんなところで、金持ちになってもらっては困る。あと、10年は徹底的に貧乏に苦しんでもらわなければ、生まれてきた意味に気がつくチャンスが無くなってしまう。」

と嘆かれるケースもあるでしょう。


地上の人々の勝手な願望の先には、事実はなく、事実を知らなければ真実へ至る扉は閉ざされたままです。

己の倫理感や価値感で神や仏の世界にまで口を出しても、そこに事実などあろうはずもありません。

事実を知らなければ、救われようがありません。

人々の祈りや願望が叶うことが救いであるのならば、とうの昔、何千年前に人類は救われています。

求めない者は絶対に救われないのです。救われる訳が無いのです。


さて、本日のブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐに始められる霊的トレーニング を実践して頂き、わかりやすい霊魂学霊を知るために 霊魂イエス ムーの大神人 弁慶と弟子 などをご覧になって頂ければと存じます。


神々の世界から見れば、人々にとっての大悪人が実は真の人々の救いなのかも知れません。

人々の願望が善であるのであれば、事実を示し、真実への道を教える者は、必ず人々から大悪人にされます。

自分達の生存権のみを主張する地上の人々に霊的な高貴な世界など分かるわけがなく、逆にそのような人々に対しては、神々からの価値判断が下されるのでしょう。

自分達の都合にとって最も悪いものに本当の意味での神力が隠されているのかも知れません。

しかし、人々は自らの意思で求めないのだから、それが分かるはずもありません。

本物の修行をすれば、それが見えてくるようです。富士の頂上まで行くと次第にそれが分かってくるようです。

あなたが、もし肉の脳を超えた修行に目覚めることが出来れば、誰もが悪の大王と呼ぶ者こそが真の救世主であることを見破ることが出来るはずです。


大切なことは唯ひとつ・・・・・。


ブログ村ランキングに参加させて頂いています。

1日に1回クリックして、応援して頂けるととても嬉しいです!

   

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ
にほんブログ村