地上は楽園 | おはこの「大切なことは唯ひとつ」

おはこの「大切なことは唯ひとつ」

人は何のために生まれてくるのか。
そして、何のために生きるのか。
10数年ほど前のある日、僕はこの人生最大のテーマに対する一つの答えを見つけることができました。
「大切なことは唯ひとつ」だったのです。

今日はかなり重い内容のブログにしようと思いましたが、それは明日にして前段階とも言える内容を書くことにします。


幽体など霊的な状況が悪いと死後、多くの人が地獄とイメージするような下層幽界に落ちてしまうというこをよく書いていますが、そのような世界に落ちると何がどう辛いのかというのはなかなか実感することが出来ないと思います。

下層幽界で、周りにいる霊魂は、元々地上にいたわけですから、地上とは全く異なる生命体が存在しているわけではありません。

但し、物質界とは法則が違うために、幽質界では死ぬことがありませんし、食事の必要がないので労働も必要なく、寝ることもなく、性欲もなければ、想念で何でも手に入るますから、当然物欲などありません。そもそも、慣れてくればどんな姿にも変わることができます。何かをする義務がないので基本的には全く自由です。


考えてみれば、下層幽界と言えども楽園のようですが、実はそうではないようです。

地上の人間にもいろいろなタイプがいますが、下層幽界となると怖い人もいっぱいいます。

自由ということは、行動を縛る法律がないことを意味しますから、気に入らない奴がいれば、殴り放題、言葉でなく念で意識交流をするので、憎しみや憎悪の気持ちはストレートに伝わってきます。

幽体は肉体のように滅びないので、極端に言えば、何年でも何十年でも殴られ続けます。いじめなど、歯止めがないのですから、永遠に続けることも出来ます。しかも、死ぬことは出来ません。

地上の苦しさなど比較にならないということがご理解頂けると思います。

痛みや苦しみが何百年でも何千年でも続く可能性があるのですから。


そして、場所によっては大親分によって仕切られていますから、無理やり子分にさせられて、一生絶対服従ということになります。

逆に、独りぼっちになってしまったら、もう本当に独りぼっちです。

幽界はとても広いので、うろうろと彷徨っていてそんな状況になることもあるようです。寂しくて寂しくてしょうがなくても独りです。しかも、そんな状態でずっと生き続けるのです。


だから、地上に来ることができた下層幽界の霊魂にとっては、地上は楽園と思える場合があるようです。

イタズラはやり放題で、うまく人の身体に浸入出来れば、忘れていた飲食や性の快感も味わえます。

特に現在の地上の霊的状況は史上最低ですから、かなり下層にいる霊魂も過ごしやすくなっているようです。

未熟な霊魂や邪霊が大挙地上に押し寄せて、一人でも多くの人々が死後、自分たちの世界に来るよう、地上での生活をエンジョイしながら仕事をしているのです。


さて、いつものようにこのブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐ始められる霊的トレーニング を実践して頂き、わかりやすい霊魂学 龍の正義 弁慶と弟子 霊魂イエス 契山館 が管理するサイトである霊を知るために などをご覧になって頂ければと存じます。

2012年終末説が注目されていますが、実は、地上の多くの人たちが想像していることと本来的な終末は意味が違います。

本質的な考え方が全く逆と言っても良いほど違います。

非常に重いテーマなので、ネットではあまり突っ込んだ話は書けませんが、明日はそのことについて書いてみようと思っています。

それは、下層幽界で地獄の苦しみを味わう人ばかり増えているという現実と大いに関係があるのです。


大切なことは唯ひとつ・・・・・。


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