不平等 | おはこの「大切なことは唯ひとつ」

おはこの「大切なことは唯ひとつ」

人は何のために生まれてくるのか。
そして、何のために生きるのか。
10数年ほど前のある日、僕はこの人生最大のテーマに対する一つの答えを見つけることができました。
「大切なことは唯ひとつ」だったのです。

人は不平等に生まれ、不平等に人生を送り、いつか必ず死んでいきます。

自分と全く平等な人など絶対に存在しません。

法や政治によって、形式的には平等であろうとしていますが、生まれた時の環境が全て異なっているために、平等であろうはずがありません。それは兄弟であっても同様です。似た遺伝子を持っていて、同じ家庭に生まれても決して平等ではないのです。


ある人は、貧乏に打ち勝とうと死ぬほど努力した。しかし、明日食べる物の心配や家賃の支払いを気にしなければならない。

ある人は、裕福な家庭に生まれ、幼稚園からエレベーター式で大学を卒業し、親の会社の役員になって、毎日高級外車を乗り回して遊んでいる。

物質界ですから、このような物質的な意味での不平等は、どなたもご存知だと思います。


ところが、本当の不平等というのは、このようなレベルのものではありません。

書き方を間違えると誤解が生じるかも知れませんが、あえて書かせて頂きます。

実は、人は霊的な面では、物質的なものとは比べようもないほど不平等です。

イエス師の時代は、現代ほど交通が発達していませんでした。

従って、イエス師に直接出会える人など極めて限定されていました。

しかも、イエス師のような大神人が地上に降りられるというようなことは、人類史上でも数回しかありません。

その時代に、その場所にいなければ、そもそも出会うチャンスそのものが皆無なのです。

何回も生まれ変わりを繰り返していると言っても、地上のキリストに出会えるチャンスなど何兆分の1以下の確率です。

霊的世界では、レベルの違いがありすぎるので、出会うことなど不可能と言っても良いのですから、まだ地上の方がチャンスがあると言えますが、それでも、宝くじで100回連続3億円を当てるよりも低い確率です。


霊的な事実というのは地上の人の価値感では分かりません。

イエス師に直接会うことが出来た人とそうでない人では、霊的世界に戻ってからが、まさに天と地ほども違います。

大神人に接することが出来た人は、必ず霊的に高いなにかが染みます。

幽体に染み付くのか、霊体に染み付くのか、魂が変化するのか細かいことは僕には分かりませんが、通常ではあり得ない力がその人の霊的器に応じて降ります。

そのような機会がなかった人とは、全く異なった霊的生命体としての人生がその後待っていると言えるでしょう。


さて、いつものようにこのブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐ始められる霊的トレーニング を実践して頂き、わかりやすい霊魂学 龍の正義 弁慶と弟子 霊魂イエス 契山館 が管理するサイトである霊を知るために などをご覧になって頂ければと存じます。


我田引水と言われるかも知れませんが、僕は、現代に日本に生まれた人というのは、何かの必然があって生まれてきていると思っています。

霊魂学 を知るチャンスがあり、自由意思を行使すれば、霊的トレーニング を実践することが出来るからです。

そして、ラ・ムー師も地上にいらっしゃると僕は思っています。

このブログを今読んで下さっているあなたは、奇跡的とも思えるような必然性をもって、地上に生まれてこられたのだと僕は本気で信じています。

霊的には良い意味で、非常に不平等にこの時代に日本に生まれていらっしゃるはずです。

そんな状況でも、最後の最後は自由意思に全ての権限を与えるのが神霊のお考えのようです。

他人が人の自由意思に干渉することなど絶対に許されません。

だから、僕はあなたに情報を提供することしか出来ないのです。

信じるか信じないかはあなた次第です。


大切なことは唯ひとつ・・・・・。


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