親、子、兄弟に対する情というのは、深いものがあるようです。
僕の場合は、個人的な感覚に過ぎませんが、あまりそれが特別なものではないような気がしています。
霊魂学 の視点で考えれば、地上での親というのは、肉体的な物質的な親でしかありませんから、霊的な親というものが存在しているようで、その意味では、そちらの方が本来的な親であるかも知れません。
しかし、このことを考え出すとキリがありませんので、今日はこれ程度にしておきましょう。
人は、近しい親族が死に至ると知ると、何とか上の世界に入って欲しいと思うでしょう。
自分の親や兄弟が、死後地獄に落ちても良いと考える人は少ないはずです。
死後の世界を信じていなくても、成仏して欲しいとか、天国へ行って欲しいと願うのです。
あるいは、がちがちの唯物論者が、死を宣告された瞬間から、死そのものよりも死後の世界について考え始めるということもあるようで、このあたりの矛盾はどうして起きるのかなと不思議に思ってしまいます。
いずれにしても、家族が天国へ行って欲しいと願おうと、唯物論者が急に信心深くなろうと、死後住むべきところは、幽体の状態によって決まります。
もう、何百回も書いているように、法則なので、それぞれの言い分やいい訳や境遇、不運は全く関係ありません。
地位も名誉も財産も一切関係ありません。
従って、家族が天国へ行って欲しいと願っても、ご本人は法則に従ってしかるべき場所へと旅たつのです。
しかし、何とかしたい、どうにかならないかと思うのが人情です。
実は、霊術の組み合わせによっては、一時的に幽体の状態を良くしたり、オーラを大きくしたりすることは可能なようです。
できないことはないのです。
ところが、一つだけネックとなることがあります。
ご本人が、霊術なんて信じない、霊魂なんて大嫌い、そんないかがわしいものに効果があるわけがないと思ってしまえば、効果は少ないようです。
結局、自由意思が全てを決めてしまうのです。
さて、いつものようにこのブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐ始められる霊的トレーニング
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僕も霊術は習っていますので、使えることは使えます。
まあ、個人的な力量がないということもありますが、いずれにしても、霊術を行なう相手の人が霊魂を信じていなければ、全く効果はないでしょう。
妻の場合は、一応信じているようなので、僕の技量が上がっていけば、どんどん効果が高まっていくでしょうが、今のところ、他には親族で霊魂を信じる人はいませんので、例え相手が親族であろうと親しい人であろうと、霊術を行なったとしても効果は期待できないでしょう。
人は、自分の運命をとても簡単に決めることができるようです。
自由意思というのは、まさに伝家の宝刀、どのようにも使えます。
極端なことを言えば、神伝の法が示された今、人は、地上で、修行をすることによって、神人となることも可能なのです。
超能力や霊能力よりも人は、自分自身の自由意思の絶対的な権限とその凄さを今こそ知るべきでしょう。
霊的トレーニング を行なっている僕ですが、師を裏切り、神霊を裏切り、多くの霊魂を裏切って、明日死ねば、地獄へ落ちることなど簡単に出来ます。
自由意思の力はそれほどすごいものなのです。
従って、その逆も可能なわけです。
幽体ボロボロ、間気はそこらじゅうで不足して、邪霊は長年にわたって付きまとっているという方であっても、自由意思を行使すれば、短い期間で上へ行けるような状態になることは可能なのです。
生命保険には、毎月何万円と支払う人が大勢いらっしゃるのに、なぜ、もっと大切なことをしないという人が人類の99.99%以上を占めているのかが僕には全く理解できません。
大切なことは唯ひとつ・・・・・。
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