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持たない経営と豊かな生活

私は、持たない経営と言う事で全て借地で賄う事で、作物に応じた適切な期間の投資に対して作物に最適化された収益環境を作ることで、特定の農地に縛られない、高品質の農作物と収益を得て、労働生産性を高めることで、農業労働時間を大きく抑えた豊かな生活を手にしております。
もちろんこれは40年前に日本の一部から始まった、特殊事情のニッチなやり方でかもしれません。

ここで言う

>高品質の農作物と収益を得て、労働生産性を高めることで、農業労働時間を大きく抑えた豊かな生活

の各言葉について少し補足します。

高品質の農作物について

「産地投師」と呼ばれる人たちがいました。休耕している畑を借りて,白菜などを大規模に作付けます。数年間栽培して,畑の地力が落ちたり,連作障害が出ると,別の休耕畑を借ります。時期をずらして大きなロットで出荷するので,卸,量販店,市場に対して有利に価格交渉できます。作付けはが地球規模に及びます。
それが一番金銭的には儲かるのでしょう。

しかし、高品質の農作物は「産地投師」のやり方では偶然を除いて、しかも極僅かしかできません。
できるのは低品質とは言わないまでも中の下程度の品質の大量の農作物です。
そして永続的ではありません。
私は作るほどに品質を上げていくそういうものを高品質の農作物と呼びたいです。

私の言う収益には
それを作るのに関わる人の肉体的精神的健康、消費者の健康や食べることの喜び、などが含まれています。
消費者は価格でなく価値を得るのです。
農家と消費者のあるいはその子孫の健康が含まれます。

健康だからこそ得られるやりたい或いはその人に向く仕事の選択と、その収益により得られる豊かな人生こそが、私の言う収益だということです。

豊かな生活とは
たとえば「ロミオとジュリエットの不幸」を産まない豊さです。
私の考える農家と消費者は対立するものではありません。
世はキャピュレット家とモンタギュー家に分かれがちです。
しかしその子供たちは家の立場など無関係に恋をします。場合によっては子もできます。
私がいくら無農薬の旬の野菜だけの豊かな健康な食卓や、家庭環境で子どもを育てたとしても、その子達が出会う恋人が、心身や遺伝子に不健康な食生活をしていたら、私の子は不幸であり、私も不幸です。

その不幸をできるだけ早く無くすのが、私の言う豊かな生活の実現と言う事になります。

2019高知県知事選挙に思う

昨日2019年11月24日投開票の高知県知事選挙が終わった。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191124/k10012189611000.html

結果は、自民公明が推薦した元総務省総括審議官の浜田省司氏が、野党の立憲民主、国民民主、共産、社民4党が支援した候補を破って当選した。
▽浜田省司、無所属、17万3758票。
▽松本顕治、無所属、11万1397票。
投票率は2番目に低い、47.67%。

浜田氏は自治省・現在の総務省に入り、大阪府の副知事や大臣官房総括審議官などを務めた官僚OB。
松本氏は共産党県委員。

私は結局投票に行かなかった。
理由はいくつかある。

1 松本氏の政策があまりにもお粗末で、県政を担う気概は感じられなかった。
2 野党側は、「年配者に拒否反応の強い人が多い共産」の松本氏でなく、立憲民主、国民民主から、或いはまったく無所属の候補を出すべきだった。
3 しかし地方にほとんど足腰を持たない野党側から立候補する人材は見つかりにくい。

つまり勝てない。

4 前職の後継候補浜田氏は官僚OBが利権をたらいまわしにする事を日本に蔓延らせる象徴のような存在に見える。
5 当たり前のように利権に群がる自公が支援する。

勝ちは間違いない。

また更に、高知県も衰退の道を進むし、日本の衰退も止まらない政治が4年間続くわけだ。
ますます日本も日本人も救い難くなる。

解っていても積極的に動くほどの実力もないから、体力を温存するしかない。

私にとっては、10月に候補を担ぎ出すことも候補になることもできなかったから、仕事でもした方がましという結論になってしまった。
ふがいない自分を認めつつ、次までに何ができるか、できるところまで準備を始めるしかない。

貧富の格差是正の処方箋

貧富の格差是正の処方箋

1 富を産む国民を増やす
2 富を回す
3 国も富を産む。
この3点に集中すべきだろう。

1 富を産む国民を増やす
起業、自営業者、研究者を増やす。これは有能有望な外国人も含む。
いずれも今までに無い商品、サービス、技術、理論、つまり「価値を生み出す人たち」だ。
つまり変わり者や個性豊かな人たち、挑戦者を応援し、社会の中での横並び意識の排除が必要だ。
その人たちを応援する個人や企業のエンゼル投資家を増やすことも必要だ。
またそのインキュベーションの施設や仕組み、情報交換、技術交流の場も作り、彼らの後押しをし、化学反応を起こさせる。

なぜ、「価値を生み出す人たち」が必要か。
この四半世紀=25年間、日本は、人に価値を産み出させることでなく、人に配分すべき富を、企業や社会が吸い上げ、人々の生活の質や意欲を削ぎ続けて、価値を産まない奴隷を大量生産してきたからだ。

そこに蔓延るのは、
無意味な低位の横並び意識=有能な者や個性ある者の意欲を削ぐいじめや怨嗟の意識
であった。

クリエイティブな発想を産む事は、日々考える暇もない生活をしている余裕のない者にはできない。日本の企業や社会はそういう考えない奴隷をひたすら、産み出すことに邁進してきた。

それを変えなければ、「昔地図上に日本と言う国があったところがここだ。」という歴史の中に消えてしまうだろう。

2 富を回す
富める者がより富める世界の流れは変わらないだろう。
しかし、富める者の子孫がその富を使って、他の物より高いジャンプ台から跳べる不平は変えるべきだ。
個人の稼いだ富は一代限りで使い切ってもらおう。
残った資産は国が回収し、次世代の有望な人材に投資する。
つまり「個人資産の相続を廃止」をする。
誰もが生まれた時は同じスタートラインに立ち、個性や能力を伸ばすことを社会全体で応援する。

縦割行政による予算の細分化、単年度主義も変えるべきだ。
これにより煩雑な書類仕事が減り、役人は大幅に減らせる。

国或いは自治体から、自治体や企業等への補助金は一旦廃止する。
ほとんどが既得権益への補助金になっていて、新規参入者には金が回らない制度がほとんどだ。

3 国も富を産む。

国は、有望企業の株主になろう。
国内のベンチャー企業の応援も国が株主になる。
その配当や値上がり益で、国の金庫を膨らませる。
それを国内投資に向かわせる。

役所には競争原理を持ち込もう。
既存の役所の部門を2つ以上に分割し仮想または現実の会社にしよう。
また民間企業の参入も認めよう。
国民へのサービスの質や量を生みだす、或いは低コストで今までのサービスを提供する会社を入札により決めて事業担当会社にし、落札できなかった会社は数年程度の間に落札できるプランを練ってもらう。その期間は給与等を補償するが、落札落札は一定期間できなければ、予算配分をやめる。

良い会社は、複数の分野や複数の自治体の入札にも参加できるようにする。
これで、失敗を避けて無難なことしかしない、サービス内容などもじり貧で、国民にとって使い勝手も悪い、税金を無駄遣いする役所は無くなるだろう。

以上のように価値を産む国民と国に変われば「日はまた昇る」ことは可能だ。

それは結果として、貧富の格差が激減した、自由で活気溢れる富んだ日本と日本人を産むことにつながる。