⑥からの続きです


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そしてやっと
夜が明け

また
忙しい朝の仕事となりました


朝のテレビでは
もちろん震災の映像で

救助活動の様子や
押し寄せた津波の様子が
何度も何度も繰り返されていました

「映像では助かった方の情報も繰り返されており、ホッと胸を撫で下ろした人も居たことでしょう。
今思えば、津波の映像よりも
安否の情報にもっと時間を使っていただければ良かったかなと感じます」



仕事も終わり

午前10時頃
職場の更衣室に入ると


携帯に留守電が入っていました


そして
なんと!

声の主は兄でした!


震災の記憶は
少しずつ薄らいできていますが

この時の留守電の内容は
はっきりと覚えています。


今、
遠野市の公衆電話からかけている。
両親の安否はわからない。」

という内容でした。



それまで
あの津波の映像を見ていたので

正直なところ
もしかしたら
家族皆ダメかも知れない。
葬式はどうすれば?

というところまで
考えていましたから


兄の一報は
とても大きな喜びでした。



職場の仲間に伝えると、

わが事のように喜び
涙する方もおられ
ありがたい気持ちでした。


ちなみに
当時は兄も実家に住んでおり

自宅が大槌町
仕事が釜石市でしたので
遠野市からの電話との事には
驚きでした。



確かに
釜石市から直接大槌町には
行けなかった事でしょう。


兄からの一報は
喜ばしい事でしたが、

いっこうに大槌町の情報は無く
両親や親類
友人などの安否は不明なまま
仕事場をあとにしました。

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⑧に続く