父が亡くなりました…

11月に誤嚥性肺炎で救急搬送され、それから会うことも出来ず…

今日の午前中に、血圧が下がっているから危ないかもしれないと病院から連絡があり…

だからと言って面会も出来ず…

夜、母から、病院から連絡があったから今から行ってくると、涙声の電話…

それから、震えが止まらなかった…

弟に連絡し、病院には入れないけど、とりあえず弟が病院前に行ってくれると…

しばらくして、母から、間に合わなかったと…………………でも、まだ、暖かかったと…………



長い間、闘病していたから、何度も覚悟したことはあったけど…それでも、信じたくない…



来月、長男が卒業式を迎えるから、その時、制服の写真を撮って、就職も決まったよって、ついでに次男の制服姿も写真に撮って、アルバム作って持っていこうって思ってた…


間に合わなかった…



ごめんね、も、ありがとう、も、おつかれさま、も、頑張ったね、も、大好きだったよ、も、何も言えなかった………



最後に話したのは、11月に、実家から帰る時に、

おやすみなさい、またね

って、玄関で見送ってくれた父に言って、父が

あぁ、

っていつものように頷いたのが最後…



もっといろいろ、話せば良かった。
もっといろいろ聞けば良かった。


ゴルフや、ジョギング、海外旅行、お酒、いろいろ好きでアクティブだった父。
若い頃は、とてもネガティブで消極的だった私には受け入れられなかった。
今だったら、付き合ってあげられたのに…
早期退職して、すぐに病に倒れ、本当なら第二の人生、好きな趣味を謳歌出来るはずだったのに…

何も出来なくなってしまい…

楽しかったのかな…
どう思ってたのかな…

小さい頃から苦労していた話は、母から聞いていたから、私たちを育て上げて、後は自分のために楽しいことたくさんしてもらいたかったのに…

でも、大好きな母とずっと一緒にいられたのは、きっと良かったのかな。
母は、大変だったかもしれないけど、でも、子どものように面倒をみてもらって、愛情を注いでもらって、きっと嬉しかったよね。
そう思いたい…



まだ、全然受け入れられない…


悲しくて切なくて寂しくて、涙が溢れたかと思うと…

ふと、何事もなかったように時間は過ぎていく感覚に心が無になったり…



訳があって自宅には連れて帰れなくて、安置所で対面した。
眠ってるみたいだった。
いつものようにまつ毛長いの。
ふと目を開けて、起きてきてもおかしくない感じ。
でも、すごくすごく小さくなってた…

苦しんではいなかったって…

それだけは救い…


でも、せめて、手を握って看取ってあげたかった…

ありがとうって、たくさん迷惑や心配かけてごめんねって、こんな娘なのにいつも優しく受け止めてくれてありがとうって、小さい頃、若い頃、お父さん嫌いって思ってごめんなさいって、あの時…この時…と、たくさんたくさん限りなく伝えたいことあるのに…


物心ついてから、夜爪を切ると、親の死に目に会えないって迷信信じて、ずっと夜に爪を切ること避けてたのに…

死に目に会えなかったよ…


とても悲しい…


何も出来なくなっても生きててくれてるだけで、安心感を与えてくれるほど、大きな存在だったんだなと、実感する。


毎晩、布団に入って、必ず、お父さんおやすみなさい、早く会いに行きたいよって、私、つぶやいてたんだよ。
聞こえてたかな?届いてたかな?

母の方が辛いはずなのに…
母は、私の心配ばかりしてくれていて…
とても小さい頃から、3歳からい?それより前から、お母さんもおばあちゃんになっちゃうの?そしたら死んじゃうの?って、死に対しての恐怖感があって泣いてたからなんだろうなと思うけど…
私の方がしっかりしなくちゃね…

明日から、いろいろと母を支えて踏ん張らないといけない…


文章が支離滅裂だけど、吐き出さないと苦し過ぎる…


早く眠らなきゃいけないのに眠れない…

お父さん、私が子どもの頃に笑わせてくれたように、夢で笑わせてくれないかな…