誕生~唇顎口蓋裂発覚
今までのことを書いておきます。
誕生は2003年1月15日。
14日の19:30頃から陣痛が来て、病院へ行きました。
陣痛室でパパと「名前、どうする?」って陣痛と闘いながら、名前を決めました。
もう、お腹にいるときから女の子とはわかっていて、
名前は当時3才だったお兄ちゃんが決めていました。
漢字をどうするか?それを痛みから逃げるために一生懸命漢字を考えてました。
本格的な陣痛は23時頃から。
ちょうど同じ頃から陣痛の始まった妊婦さんもいて、2人ほぼ同時に分娩台へ…。
あまりの痛みに朦朧としてたので、正直あまりよく覚えてません。
とにかく、2人目なのに、いきみ方を忘れちゃって、子供が思いきり飛び出したのは
覚えてます。。。
ただ、(あれ?おかしいな)と思ったのは、確かお兄ちゃんの時は、
産んだ直後顔を見せてくれたはずなのに、赤ちゃんがどっかへ連れていかれちゃった???
助産婦さんに「赤ちゃんは?」って聞いても「大丈夫よ」って言うだけ…。
私「元気なんですか?」
助「元気だよ」
私「大丈夫なんですか?」
助「大丈夫よ」
何度か、やりとりを繰り返したような気がします。
その後、「男の子?女の子?」って聞いたら、
「あれ?どっちだったっけな?」って見に行って、「男の子よ」って。
「え?女の子って言われてたんですけど…?」
「あれ?もう1回見てくるね」「ごめんね。女の子だったわ」だって。
きっと、顔のインパクトが強かったんだな…。今思うと…。
小児科の医師が来て、「コウシンレツっていう状態なんですけど、今はきれいに治りますからね」とだけ、
私に言いました。(コウシンレツ?コウシンレツ?…???何だかよくわからないけど、治るんだぁ…。)
ノー天気です。その頃パパは私より先に子供の顔を見せられてたみたいです。
うちはパパもノー天気です。あんまりびっくりしなかったみたい。
私も実は顔を見てもあんまりびっくりしなかった。新生児の頃のお兄ちゃんにそっくりで、
とにかく産まれてきてくれて嬉しかったです。
分娩後、陣痛室に戻ってから、ほやほやの赤ちゃんにおっぱいを吸わせました。
「あぁ、飲めるじゃん!」こう言ったことは覚えてます。口がきちんと閉じていないのに、
ちゃんと吸ってくれてたんです。(大丈夫!)そのときには、そう思いました。
だって、病気のこともよく知らなくて、外科手術だけすればいいと単純に思ってたから…。
ただ実家のお母さんはびっくりするだろうなぁ…。なんて言おうかなぁ。くらいしか考えていませんでした。
決定…
オペの日程が決定した。
急なオペだけど、その方が心の準備ができなくて、よけいなことを考える暇がなくて助かる。
これから忙しくなるなぁ。
少しずつでいいから、病気のことを書いておこうって昨日決めた。
今までは、子供の病気のこと、これからのこと、ちゃんと考えたくなくて逃げてたところも
あったから。
病気のことはネットで調べればいろいろ出てくるんだけど、読んでると涙ばかり出てくるから
途中でやめちゃってて、正直調べたくなかった。
でも、どう治療していくか、最終的に決めるのはやっぱり親である私の仕事だから。
同じ病気を持つ子のお母さん・お父さんたちが作っているホームページを見てると、
ほんとうに強いなぁって思う。文字にすることが怖い私には、無理だって思う。
文字にすると、漠然とじゃなくはっきり理解できちゃうっていうか、なんというか。
自分の言葉で少しずつでも残していければ、ちょっとずつ私も強くなれるかな?
オペの日程が決まりそう…
ブログを作ったことすら、忘れていた…。
3日坊主以下ですね・・・。どんなに歳を重ねても相変わらずです。
突然ですが実は、子供が心臓病です。
ほんとは10月末オペの予定だったけど、病院の都合で遅れていて、
どうやら12月のオペになりそう…。
えー!!!12がつ~!!!
一番嫌な時期だ…。また今年も大掃除がおろそかになってしまう予感。
ずーっとオペができることを心待ちにしていたけど、
実際やると言われると、また複雑な気分になってくる。
今度のオペは10時間くらいかかる長~いオペ。
耐えられるのかしら?(いや大丈夫だろうけど…)
うーん、怖いなぁ。まさか失敗なんてしないよなぁ。でも、オペしなくちゃいけないし…。
私は心臓病児の親としてはかなりノー天気な人です。
それでも、やっぱり怖いものは怖い。
もし、もし、このブログ、ちゃんと書き続けていくことができたなら、
少しずつ、病気のことも書いておこうかな。
誰も読んでいなくても、書くことで自分の気持ちも整理できるからね…・。