今日は、関西では多くの追悼番組が放送されています。
20年前の朝、強い揺れがあり、マンションに住んでいた私は、強い揺れのあと、不気味なしなりのある揺れの中、父が私を呼ぶ声で、はじまりました。
当時はまだ中学生だったので、その後の様々な大変なことはわからなかったけど、
自分が大人になるにつれ、ことの大きさや、悲惨さ、寒い中、生き延び生活を立て直した人間の強さを感じます。
余震があり、揺れがおさまると、外に避難しました。目の前にあった駅は、2階が1階になっていました。
火災はおこらなかったので、亡くなられた方は私の地域では少なかったですが、神戸は火葬が追いつかなかったそうです。
当時の市長さんが地震のあとすぐに動いてくださったことで、避難したあとも救援物資など、私達はすぐに手にすることが出来ました。
駅にあった交番で警察官の方が亡くなられたと聞きました。
母が駅の中で働いていたので、地震の時間が違えば、20年たった今、私はどうしているのだろうと、地震のあとの写真や映像を今、見るだけでも悲しくてたまらないのに、
ご遺族の方は、この20年、どんな思いで生きてこられたのか、胸が苦しいです。
昨年、祖母が99歳で旅立ちました。
喜びもあれば、戦争の悲しみ、大変な人生だったと思います。母を産んでくれて生き抜いてくれてありがとう、と、お別れをしました。
いただいた命を生きることは
生きているようで、生かされている。
生き抜くことは、苦しみ、悲しみも乗り越えること。
命が終わると残された人の心に輝き生き続ける。
忘れません。
命を大切に。
