「看板頼り」に感じた危機感 | 欧州野球狂の詩

欧州野球狂の詩

日本生まれイギリス育ちの野球マニアが、第2の故郷ヨーロッパの野球や自分の好きな音楽などについて、ざっくばらんな口調で熱く語ります♪

 「スポーツの代表戦に、『看板』なんてものは必ずしも必要ないんだな」。昨晩行われた、埼玉スタジアム2002で開催されたサッカーロシアW杯アジア最終予選、日本-サウジアラビア戦を今夜録画で見直してみて、そう感じさせられた。

 

 負ければヴァヒッド・ハリルホジッチ監督の進退も取りざたされていたであろう日本代表は、この試合ではこれまでチームのけん引役を務めていた本田圭佑(ACミラン)、香川真司(ボルシア・ドルトムント)、岡崎慎司(レスターシティFC)の3人をベンチスタートに。彼らに代わって先発出場を果たしたのは、原口元気(ヘルタ・ベルリン)、大迫勇也(1FCケルン)、久保裕也(ヤングボーイズ)という、彼らと比べるとこれまで実績はあまり豊富とは言えない面々だった。だが一方で、この試合で活躍を見せたのは紛れもなく後者の3名だったのも事実だ。

 

 原口にせよ大迫にせよ久保にせよ、普段の所属クラブは(もちろんそれぞれ独自の歴史を築き上げてきているとはいえ)欧州サッカー界の中では失礼ながら、決して序列的に上位にクラブとは言い難い。そういった事情もあって、日本メディアの間でもこの3名は日本代表における「主役」という扱われ方はおそらくされていなかったのではないか。あくまでも柱となるのはビッグクラブでプレーする本田や香川や岡崎であって、この試合で輝いた3人はどちらかといえば「名脇役」のような取り上げられ方だったはずだ。そんな彼らが主役の座を実力で奪ってみせたことは、代表チームはもちろん日本のサッカーコミュニティの中でも大きな意義のあるものだったのではないだろうか。

 

 ヨーロッパをはじめとする国際野球が主題であるはずのブログで、唐突に日本サッカーの話をし始めたのはなぜか。それはこうした視点が、最近の野球日本代表の戦いとそれを取り巻くファンやメディアの目線にも何となく通じるものがあると感じたからだ。いうまでもなく、メキシコ・オランダの両代表と相まみえた去る10日から13日までの4連戦のことである。

 

 このシリーズ、日本代表は結果的に見れば3勝1敗と勝ち越すことには成功した。しかし、強化試合である以上勝ち星そのものは大きな問題ではない(もちろん成功体験を積み重ねることは重要ではあるけれど)。問題はその勝ち方の中身だ。その点でいうと、周知のとおり今回の日本代表にははっきり言って不安しか感じなかった。大きな強みであったはずの投手陣は4試合で計29失点。先発と第2先発要員全員が失点を喫した。元々打高な傾向で知られるメキシコだけでなく、フーフトクラッセでプレーするオランダの国内組の打者にも難なく対応されたばかりか、鋭い当たりを連発されたのは多くの日本人にとってショックであったはずだ。

 

 打線についても不安な点は残る。第1戦では9投手をつぎ込んだメキシコの目まぐるしい継投策の前に不発に終わり、3-7で黒星を喫した。オランダとの2試合ではともにビッグイニングを作って追いつくシーンがあったとはいえ、それはいずれも大谷翔平の一打がきっかけとなったもの。東京ドームの天井裏に打球を叩き込むという、ある意味ホームランを打つよりも難しい芸当を披露してみせた彼の怪物ぶりは今回も相変わらずだったとはいえ、彼が口火を切らなければ打線がずっと沈黙したままだった可能性は拭い去れない。

 

 国際試合では、一次リーグでの各国との対戦は一か国につき1度しかないのが普通。大会が進んでいっても、再戦の機会はせいぜい1度残されているかいないかといったところだ。言い換えれば、目の前の1試合できっちり白星を手繰り寄せられるか否かが大きな勝負の分かれ目であるということ。対メキシコ第1戦で見せたような「初物」への対応力の乏しさは、国際試合においては致命傷とすら言ってもいいのだ。しかも、ここ最近新設された国際大会は一次リーグでの対戦成績がそのまま二次リーグ以降にも持ち越されることが多く、なおのこと「目の前の試合をいかに取りこぼさないか」というテーマの重要性は増している。

 

 にもかかわらず、過去のWBCで格下と目された中国やブラジル相手に苦戦していることからも分かるように、日本のこの弱点は何年も前から明らかであるにもかかわらず、全く改善される気配がない。これははっきり言って大いに問題と言わざるを得ない。対メキシコ第2戦では確かに危なげなく勝つことはできた。しかし、本番ではそもそも「第2戦」の機会が巡ってくることの方が珍しい。初見で相まみえる目の前の相手を、確実に一発で仕留められなければ意味がないのだ。3連戦の中で相手チームにアジャストしていけるペナントレースとはわけが違う。

 

 改善の気配がないといえば、国際試合のたびに問題とされる使用球への対応についてもそうだ。WBCでの使用球がNPB公式球と比べて滑りやすいという事実は、何も昨日今日初めて判明したわけではない。大会がスタートした10年も前からとっくに分かっていたはずのことだ。にもかかわらず、現場の対応も解説者の話のレベルも当時と比べて全く進歩していない。このボールを使って既に3回も頂点を競ってきたというのに、いまだに「ボールが滑る」という段階で現場があたふたしているようにしか見えないのは、一体どういうことなのか。

 

 指先の感覚の違いという課題が提示されてから10年もの時がたった現在は、本来ならとっくにその次元は通過して、「それなら普段のペナントレースでも国際球を使おう」などといった議論に進んでいなければいけない時期のはずだ。未だにそれができていないのは、多少なりとも使用球に関する利権がかかわっている部分があるのかもしれないが、どちらにせよ国際試合への対応の遅れという意味でいえば現場の怠慢というそしりを受けても仕方がないのではないか。

 

 WBCやプレミア12の創設などにより、野球界においても国際試合を目にする機会は増えた。同時に各国の競技レベルも大きく向上し、かつてならイメージ的に野球と結びつかなかったような国でも一発勝負なら上位国と互角にやりあうようになっている。昨春の日欧野球では、NPBのトップ選手を揃えた日本代表相手に欧州代表が互角以上にわたりあい白星もマークした。今回の4連戦でも、オランダの野手陣は2試合続けて日本の投手陣を火だるまにしている。たまたま2戦ともタイブレークの末勝つことはできたが、第1戦などは9回二死からの理解に苦しむようなエラーが集中して勝たせてもらえたようなものだ。

 

 そういった変化が現に目の前で起きているにもかかわらず、日本球界の現場やファンの国際野球に対する世界観は、10年前で時計が止まったままになっている。アメリカやドミニカ、ベネズエラといった「格上」の国々との対戦は嘱望しても、短期決戦では同じくらい気が抜けない相手である今回の2か国、あるいはカナダやオーストラリアとのマッチアップには興味を示さない野球ファンは少なくない。だが、「何がカナリア色の侍だ」と鼻で笑っていた相手であるブラジルに、たった3年前にどれだけ苦しめられたかをみんなもう忘れたのだろうか。その彼らが、WBCブルックリン予選の決勝の舞台にすら立てないのが今の国際球界である。

 

 思うに、日本の大多数の野球ファンはNPBというブランドをあまりに絶対視しすぎてはいないだろうか。「俺たちのプロ野球はMLBには多少及ばないにせよ世界に冠たるリーグであって、そこから選ばれた日本代表はよほどの相手でもない限り、国際大会という舞台でも負けるはずがない」と。だが今の国際野球界は、多くの日本人野球ファンが想像しているよりもはるかにタフな世界だ。「アメリカやドミニカはなんか知らないけどやたら強い」「キューバや韓国や台湾は普通にやれば勝てる」「それ以外の国はどこの馬の骨ともつかない雑魚、日本なら勝って当たり前」などと相手の看板だけを見て星勘定ができる時代など、今やとっくに終わっている。

 

 「このところ日本がかつてのように勝てなくなっているのは、日本のレベルが下がっているのか?それとも他国のレベルが上がっているのか?」という議論はネット上で散見されるが、個人的に言わせてもらえるなら答えはその両方だと思う。それに加え、「国際野球界自体の枠組みやあり方が変化しつつあるのに、現場やファンやメディアの意識がそれについて行っていない」ことこそが一番の問題点ではないだろうか。

 

 国際大会という舞台においては、所属リーグというブランドなど何の意味も持たない。2009年の第2回WBCでオランダ相手に2度の屈辱を味わったドミニカのように、どんなに有名選手を揃えていても目の前の1試合をきっちりと勝つことができないチームは、あくまでも弱者でしかないのだ。事実、日韓を除けばほとんどがマイナーリーガーやその経験者という顔ぶれだったプレミア12でも、日本代表は優勝できなかった。むろん選手起用にも少なからず問題はあったかもしれないが、本当にそれだけが敗因だったのだろうか。有力選手が対戦国に乏しいということで、驕りや慢心が少なからずなかっただろうか。

 

 当時と比べると、来春のWBCで日本が迎え撃つ相手はずっと手ごわい相手だ。今回は二軍という側面が色濃かったメキシコとオランダの両国は、本番ではさらに強力な布陣を編成してくるだろう。メキシコでは今回試合に出場しなかったエイドリアン・ゴンザレス(ドジャース)に加え、キューバから亡命したヤシエル・プイグ(同)や、今季42本塁打を放っているクリス・デービス(アスレチックス、オリオールズ所属の内野手は同姓同名の別人)の加入が取りざたされ、オランダはケンリー・ヤンセン(ドジャース)、アンドレルトン・シモンズ(エンゼルス)、イグザンダー・ボガーツ(レッドソックス)らが出場を快諾したと伝えられている。

 

 「本気モード」なのは彼らだけではない。ディフェンディングチャンピオンのドミニカは言うに及ばず、過去3大会は決勝進出すら果たせていないアメリカも、名将ジム・リーランド監督の下とうとう目の色を変えた。2年連続40本塁打130打点以上のノーラン・アレナド(ロッキーズ)、オッドアイの奪三振マシンとしておなじみのマックス・シャーザー(ナショナルズ)、MLBのアメリカ人捕手の中ではバスター・ポージー(ジャイアンツ)と並び立つ存在であるジョナサン・ルクロイ(レンジャース)らが既に参加を表明済み。その他の国々も、着々とそれぞれ準備を進めている最中だろう。

 

 もちろん、彼らが本番でどれだけ輝けるかは本人たちですら100%は保証できない(むろんそのための努力は怠らないだろうが)。だが、チャンピオンの座を奪回することを狙うなら彼らの存在を無視できないのもまた当然だろう。そういう状況の中で、現状のままの日本が果たして互角に立ち回っていくことができるのか。曲がりなりにも世界ランク1位の座にいる国としては寂しい話だが、残念ながら個人的にそのような絵はまだ描けずにいる。

 

 だが、これは単に指揮官の首を挿げ替えれば解決するような、そんな簡単な話ではない。今の国際的な野球界の情勢を日本球界の現場やファンがどう捉えるべきなのか。そのうえで、野球日本代表というチームを国際球界や日本球界の中でどのように位置づけ、どのように強化していくべきなのか。そういったビジョンがきちんと共有されない限り、本質的な意味での解決にはならないはずだ。残された時間はあと3か月半。このミッションは、今までのように舐めてかかれるような類のものではない。