経験を積むことの大切さ | 欧州野球狂の詩

欧州野球狂の詩

日本生まれイギリス育ちの野球マニアが、第2の故郷ヨーロッパの野球や自分の好きな音楽などについて、ざっくばらんな口調で熱く語ります♪

 2009年WBCでの2度のドミニカ撃破と、2011年W杯でのキューバを破っての初優勝。ここ数年、オランダが相次いで成し遂げてきた大物食いは、ヨーロッパ野球の成長ぶりを見せつけたことももちろんだけど、それ以上に大きなこととして、俺たちファンが漠然と抱いていた「錯覚」を解いてくれた、ということも挙げられる気がする。


 WBCの前、おそらくほとんどの野球ファンが「MLBのスタープレーヤーを集めたチームほど強い(ただし日韓とキューバを除く)」という風に考えていたと思う。MLB専門誌「SLUGGER」も、当然日本以外では、アメリカやドミニカ、ベネズエラといった、トップ選手が多数名を連ねるチームに重きを置いていた(もちろん、彼らの主戦場を考えても、それはやむを得ないことだったとは思うけど)。オランダとドミニカの試合を見ていた人間にしても、「ラミレス、オルティス、テハーダが並ぶドミニカ打線、やばいな」「オランダの選手とか、誰も知らないんだけど」といったように感じたかもしれない。


 ところが、実際に敗れたのはオランダじゃなく、ドミニカの方だった。かたや辞退者も多かったとはいえ、それでもMLBのトップ選手を揃えたドミニカ。かたや現役大リーガー不在、マイナーと国内組の、国際的には無名選手ばかりだったオランダ。彼らの明暗を分けたのは、一体なんだったのか。それは、単純な個々の選手の能力だけでは、測れない領域にあったと思っている。


 もちろん前提として、個の実力に優れている選手を集めることは絶対に必要だ。投手陣、打撃、走塁、守備、あらゆる場面において、国際大会で戦えるだけの実力を備えた選手を揃えられなければ、たとえどんなに優れた戦術を持っていたとしても、結果を残すことはできない。早朝野球のチームを、野村克也やトニー・ラルーサといった稀代の名将が率いたところで、大リーガー相手に勝てるわけがないのは当然だろう。勝つためにはもちろん、選手の質も非常に重要なんだ。


 ただ、それ自体は必要条件ではあっても、十分条件ではない。たとえ個々の選手の能力が優れていたとしても、それだけで国際大会で勝てるわけじゃないんだ。1試合の重みが、日本なら144分の1、アメリカなら162分の1で済む国内リーグとは違って、国際大会には常に、それならではの要素が数多く絡んでくる。負けられない一発勝負としてのプレッシャー、データの少ない投手相手の戦い、慣れない気候の中でのプレー、突然の雨天中止や順延、さらには宿舎での食事や会場への輸送時のトラブルなど。ヨーロッパ選手権を過去20回制し、それ以外にも五輪やW杯、インターコンチネンタルカップなどにも数多く出場してきたオランダの選手たちは、こうした大会での経験を通じて、何があっても動じない鋼のメンタルを手に入れた。だからこそ、強豪相手にも臆することなく、向かっていくことができたと思う。


 一方のドミニカは、確かに選手としての才能や、MLBで残してきた実績は素晴らしいものの、こうした大会での経験値は絶対的に不足している。これまで、大リーガーは国際大会に出る機会がなかったんだから、それも当然だ。さらに言えば、ドミニカの野球は野手でいえば「MLBで3割30本100打点を残す野球」であって、チームとしてのプレーはそこまで重視されない。だからこそ、WBCでの対オランダ第2戦で、延長11回裏に追いつかれてから、必要以上にドタバタしてしまった。そうした落ち着きのなさから、自分たちのペースでプレーできなかったことが、ドミニカの最大の敗因だろうと思っている。


 今、オランダと同様に国際試合での結果を積み、どんどん成長しようとしている国が、同じヨーロッパにある。チェコだ。元々、東欧の超新星として、国際野球ファンの間では早くから注目されている国だけど、ここ数年の彼らの本気度には、目を見張るものがある。今年など既に下記の通り、数多くのイベントへの参戦・開催国となることが決まっているんだ。


・ヨーロッパ選手権

・WBC予選

・U-21ヨーロッパ選手権(開催国)

・U-15ヨーロッパ選手権(同)

・U-12ヨーロッパ選手権(同)

・プラハベースボールウィーク(同)

・スコアラー対象クリニック(同)


 プラハベースボールウィークは、毎年自前で開いている大会だから別としても、ヨーロッパ選手権を1年で3つも、自国でホストするというのはかなり異例のことだ。相当のマネジメント能力と、資金力がなければ到底できない芸当だし、その都度大会スポンサーも見つけなければいけない。これだけ多くのイベントを開こうとしているあたり、「とにかく参加できるもの、開催できるものには片っ端から手を出す」という意気込みが感じられる。


 他にもチェコは、前述のプラハベースボールウィークの試合を、国営テレビ「Ceskatelevize」が中継したり、(http://ameblo.jp/systemr1851/entry-10934328984.html )、世界大学野球選手権の開催国にもなったりと、野球強化への熱意に対する逸話は尽きない。五輪種目でなくなった今、これだけ熱意を持って取り組んでいるのは凄いことだろう。そして重要なのは、こうした取り組みは今後を考えても、きちんと報われる可能性が高いということだ(もちろん、現時点で断言はできないけど)。


 特に、年代別の大会をホストすることになったのは大きい。どんな分野でも共通して言えることだけど、早い段階から多くの経験を積んで、色々な状況に慣れておくことは、成長するうえで絶対に必要なことだ。チェコのケースにしても、こうした国際大会を開き、そこに開催国として参戦することで、まだ10代のうちから国際大会での戦いの特徴に、しっかり適応することができるようになるだろう(開催国になれば、無条件で100%大会に出られるわけで、そういう意味では賢いと思う)。結果がどうあれ、そうした機会が保障されているという点は重要だ。


 現時点では、チェコはフランスあたりと同格の、ヨーロッパの中堅国の扱いだけど、この先こうした経験値を多くの選手が積み重ね、同時に個々のレベルも磨き上げていくことができれば、いつかオランダのような大物食いを成し遂げ、国際レベルでの強豪国として名乗りを上げることも可能だと思う。同時に、今アメリカのマイナーリーグには、チェコ人の有望株が少なからず送り込まれている。彼らが厳しい競争を勝ち抜き、そうした経験を代表戦にも持ち込むことができれば、それは必ずいい影響を与えることになるはずだ。かつては日本の某監督に「(野球をやっていたとは)知らなかった」と言われてしまったチェコだけど、いつかきっと強くなって、日本のトップレベルとも好ゲームができるようなチームになって欲しい。その日が来るのが、本当に楽しみだ。