「隠れ強豪国」がベールを脱ぐ時 | 欧州野球狂の詩

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日本生まれイギリス育ちの野球マニアが、第2の故郷ヨーロッパの野球や自分の好きな音楽などについて、ざっくばらんな口調で熱く語ります♪

 日本、韓国、アメリカ、ドミニカ共和国、キューバ、ベネズエラ、カナダ…。一般的に、「野球が強い国はどこか」と聞かれたら、大体このような名前が上がるんじゃないだろうか。いずれも大リーガーを擁し、過去2度のWBCにも出場した国々ばかり(キューバは国策上、代表戦に出てくるのは「国内組」オンリーだが)。もちろん、どの国もトップクラスの実力を持つスター選手を揃える、強豪国であることは間違いない。


 しかし、スポーツの世界でどこが強いか弱いかという議論は、基本的には絶対的な評価(表彰台の頂点に上れるのは、1チームしかないのだから当たり前だ)ではあるけれど、一方ではある意味で、非常に相対的な側面もある。一口に「強い」「弱い」といっても、程度はまさにピンキリ。その物差しをどこに置くかによって、まるで議論の在り方が変わってくるからだ。具体的に言うなら、アジアのラグビー界では圧倒的な実力を持つ日本が、オセアニア勢やヨーロッパ勢が登場するW杯では、最弱クラスであるといった具合。世界レベルでは強豪とは言えなくても、各大陸や地域ごとに見れば強いという、いわば「隠れ強豪国」は、どの競技にも存在するんだ。


 もちろん、国際球界においてもそれは全く同様。南アフリカやチェコは、WBCのトップレベルから見れば実力はまだまだではあるけれど、それぞれアフリカや東欧では、他を寄せ付けないくらいの実力を有している。オランダにせよ、現在ではW杯王者にもなり、強豪であることが認知され始めてきたけれど、ほんの数年前までの評価は、おそらく彼らと似たようなものだったはずだ。彼らとは少し毛色が異なるものの、南米におけるアルゼンチンという国は、ある意味でそうした「隠れ強豪国」の1つといえるかもしれない。


 俺がこの国の野球に興味を持った理由は、端的に言うと2つ。1つは、言語や民族が共通していることから、イタリアやスペインといった、ヨーロッパの強豪国とのつながりが深いこと。イタリア代表の現正捕手であるファン・パブロ・アングリサーノや、元主砲のマクシミリアーノ・デビアーゼが、イタリア国籍も保持するイタリア系アルゼンチン人であることが、その象徴であると言ってもいいだろう。また、アルゼンチン代表正三塁手のガブリエル・サンソは、スペインリーグのエル・イラーノでプレーしていた経験も持っている。


 2つ目は、昨年行われた南米選手権で優勝を飾ったこと、そして自分が思っていた以上に、熱いファンがたくさんいたことだ。決勝のエクアドルとの試合は、Justin.tvでフル視聴することができるけれど、一塁側のスタンドはほぼ満員(三塁側も半分程度は埋まっていた)で、鳴り物応援団(ラッパと大太鼓が数台ずつという編成で、雰囲気はまるで他の中南米諸国と変わらない)まで登場するなど、かなりの盛り上がりを見せていた(http://ja.justin.tv/dguddat/b/300425020 )。結果的に落選したとはいえ、WBC予選への招待も有力視されたほどの国だから、グラウンドの内外両面において、ある一定のレベルには達しているだろうとは思っていたけれど、実際に映像で見た彼らの姿は、予想をはるかに上回るものだったと思う。


 これは以前、世界の野球ブログさんでも指摘されたことだけど 、一般的に中南米の国というのは、両方とも手広くやっているメキシコを除けば、「野球に入れ込んでいる国」と「サッカーに入れ込んでいる国」に分かれる。大まかに言うなら、野球好きな国が中米+ベネズエラ、サッカー好きな国がベネズエラ以外の南米諸国、ということになるだろうか。もちろん、アルゼンチンがどちらかと聞かれたら、間違いなく後者だ。アルゼンチンはアメリカやオランダと同様、さまざまな競技で強豪国としての座を維持している、まさにスポーツ大国といえる国だけど、その中でもサッカーはやはり別格の存在と言っていい。


 事実、サッカーやバスケ、バレーボール、ラグビーといった他競技に比べれば、アルゼンチンの野球には華々しさはない。決勝戦にも先発した、絶対的エースのフェデリコ・タンコは、普段はナショナルズのA級(5軍)で投げている投手。前述のサンソにしても、一般的にはなじみの薄いスペインリーグの、1部と2部を1シーズンごとに行き来するチームでやっていた、という選手に過ぎない。サッカーのリオネル・メッシ、バスケのエマニュエル・ジノビリといった、スーパースターたちに肩を並べるような野球選手は、残念ながらまだこの国には存在しないんだ。


 それでも、アルゼンチンの野球が絶望的な状況かと聞かれると、決してそうじゃない。国土の広いこの国には、日本のNPBのような全国リーグはなく、首都ブエノスアイレス近郊で開かれている「リーガ・メトロポリタン(LMB) 」が、事実上の国内トップリーグとしての役割を果たしているものの、代表チームにはコルドバ州など、他リーグからも相当数の選手が招集されており、戦力的には決して一極集中という状況じゃない。また、タンコのようにMLB傘下でプレーするマイナーリーガーも、2009年時点で7人存在していたけれど、彼らの中にはマイナーをお払い箱になった後も、国内に戻って野球を続けている選手もいる。つまり、そういう選手を受け入れられるだけの環境が、きちんとアルゼンチンでは整っているわけだ。


 南米選手権で優勝という、素晴らしい成績を収めることができたのも、こうした選手層の厚さや土壌があったが故のことだろう。ベネズエラとコロンビアという、大リーガーを複数擁する南米大陸の両巨頭は、過密日程などを理由に今回は不参加だったものの、WBC予選出場国のブラジルをエクアドルが破る(最終的に準優勝)など、大会のレベル自体は決して低くはなかった。その大会で頂点を掴んだことは、十二分に評価に値すると思う。これはドイツやチェコにも言えることだけど、他に盛んなスポーツがいくらでもある中で、こうした環境を整えることができていること自体、そもそも驚異的なことなんだ。


 もちろん、国内のトップレベルにいる選手たちのレベルを考えれば、アルゼンチンは全体的にはまだ「発展途上国」だ。IBAF加盟国全体で見れば、せいぜい中堅クラスといったところで、強豪国と中堅国とのボーダーラインにも、おそらくまだ達してはいないだろう。しかし、この先国内での裾野がさらに広がっていき、同時に三角形の頂点も上に伸びてくれば、案外彼らならその境界線は、簡単に超えられるような気がする。大陸別の完全予選が導入されるとも噂される、2017年WBC。そこでベールを脱ぐであろう彼らは、世界の列強相手にどんな戦いぶりを見せてくれるだろうか。「隠れ強豪国」アルゼンチンが、真の意味での強豪国へと進化する瞬間が、とても待ち遠しい。