良いもの、良い状態が
自分を限定してしまう ということ、があります。
良いんだから、イイじゃないか。
正しいんだから、イイじゃないか。
止まってしまうんですよね。
現状が素晴らしすぎるほど
現状維持は、他の自分の可能性をなくしてしまう。
今年の1月に行った強み発掘コース講師講習会でも出た話です。
世界を閉じると逆次をうむ
強み発掘して、それで? なぜ、それがダメなのか。
詳しくはこちらに・・・
【心の声をないことにする「良いもの」】
もし幸運にも、心優しく柔軟な両親に育てられ、物質的な意味ではなく、何不自由なく健やかに育ったとしたら、おそらくその人は幸せが標準装備されている。こういうものだなという感覚がある。
そして満足に幸せに過ごしているということが、自分を制限する枠になる。 ◇
心が澄んでいて情緒が豊かな人は、頭を使わなくなる。頭を使う必要がなくなる。だから左脳理論的に物事を考えたり、右脳直観的に物事を見切ったりする力には乏しくなる。
心が素晴らしいことが自分を制限する枠になる。
◇
もし両親に恵まれず、きつい幼少期を過ごしたら、何か自分の武器を有効に使おうとするようになる。例えば頭の良い子は頭を、容姿が綺麗な子は容姿を、体力がある子は体をもっと生かそうとする。
そして何かしらの成果をとって自分を証明し、自分が証明された世界で安心を得ようとする。その安心世界ができてしまうと、それが枠となり自分を制限する。
◇
制限は必ず「素晴らしい」もので作られる。
その背景には心理ブロックがあるかもしれないし、満たされない感情があるかもしれない。ないかもしれない。
ただ単純に頭が良く、何かの選手権に出て、スムーズに世界大会に行ってしまっただけかもしれない。だがそうなると、もうその世界で生きていくことを余儀なくされる。
少なくとも別の道を歩むことが物理的にも精神的にも困難になる。
◇
人がうまくいくのは実力だけではない。個人の力だけではない。
環境や運がものをいう。
両親に恵まれているのか恵まれていないのか、先生に恵まれているのかいないのか、どのような環境に自分がいるのか。
オレの場合、現代サッカーを見ていると、自分が子供のころ既に考えていたことがいくつも今の時代になって採用されている。
個人技もそうだし、システムもそう。ところがそんなものは30年前には見向きもされず、伸ばすような人もいなかった。仮にいたとしたら先進先鋭的、しかも直感を使ってその道で大活躍していた・・・かもしれない。
◇
もし、オレがサッカーの道で選手か監督かなどは別として活躍していたとするなら【そういう自分が歴然といる】ということになる。
その自分は紛れもなく自分で、今の自分とは違うが素晴らしい自分ということになる。
そして誰しも「今の自分とちょっと違う素晴らしすぎる自分」が既に何人かいて、しかも「今から発揮する」ことができる。
何も成功系のことだけを言っているのではなく、幸せについてもいえる。
◇
何人かいる自分の中で、今最も採用するべき自分は誰か?
答えは決まっている。今うまくいっている自分ではない。
今の自分は環境とうまくいっていることの制約で作った自分でしかなく、本来心の声のままに生きた自分ではない。
採用されるべきは、
環境とうまくいくということを省いて考えたとき・・・つまり、両親がいい人だったとかダメ人間だったとか、先生に恵まれたとか恵まれなかったとか、そういうことを省いて(または逆が満たされていたとして)【自分はどの人生を選択しうまくいっているのか】という自分に他ならない。
◇
人は経験に流され、枠を作る。枠の中で素晴らしいことを見つけて「やっぱりこれがいい」と心の底から正当化する。【素晴らしい化】する。
自分はいい人生送ってるんだぜ!あんなことやこんなことが手に入り、幸せでいい気持ちで毎日が過ごせるんだ!それの何が悪い?これ以上いいことはない!と、
【人生うまくいってますごっこを楽しんでいる】
心の声は厳重に封印されないことになり、そんなのをいつまでも言っているやつは夢見物語の現実を見ないダメなやつだと決めつける。(実は自分に決めつけている)
◇
枠は良いものから作られる。
あるいは、良くしようとして作られる。
枠は必ず心の声を制限する。
または、閉じる。
なぜ今の良いものを、良いのにダメなのか?と聞かれれば、
【そんなもの本当はお前は求めてなどいないではないか】
と答える。
良い、すごく良い、良すぎてたまらないという理由で手にしているだけだ。(心の声に従わない生き方を正当化するために)
◇
別に良いものは手にすればいい。じゃんじゃん持てばいい。
だが枠を作り、世界を閉じることの正当化に使ってはならない。
心の声は生きている間じゅう、ずっと次の自分の人生を求める。
聞こえないでは済まされない。
聞こえるまで聞き続け、少しでも聞こえたらその通りに運ばなければならない。
松原靖樹氏のコラムより
原文はこちら
心の声をないことにする「良いもの」
良いものが悪いわけではないのですね。
それを理由にして
自分が世界を閉じてしまうこと。
さて、私の次の可能性は、何だろう。。。
そんなことを考えている春