システマ&トラディション伊予ブログ 愛媛県松山市

システマ&トラディション伊予ブログ 愛媛県松山市

現代社会を生き残るための手助けとなるロシア発のライフハック武術「システマ」と「トラディション」を練習するトレーニンググループです。
老若男女問わず練習仲間は随時募集しておりますのでお問い合わせください。

小倉まで遠征。
片道フェリーで2時間半、高速で2時間半の合わせて5時間。
遠いなあ!
 
でも環境がいいのか、周りの古強者らに引っ張られているからなのかはわからねど、参加中ここ最近薄かった「インターナルが開く感覚(自分の造語)」が最初から開きっぱなしになってる。前日にあまり眠れなかったので体調自体はそんなに良くないはずなのに身体は動く。
なんだろうねこれ?
 
内的呼吸。
外から見てわかる肩が上下する大きな呼吸じゃない。外から見てもわかりにくいけれど末端まで行き渡っている深い呼吸をする。
鼻から真っ直ぐ通って頭の後ろに向けて吸うような感じ?
体育座りをすると足まで呼吸が満ちているかがわかりやすい。
FSの「横隔膜が無く全身で呼吸する爬虫類の呼吸」を思い出すと感覚が掴みやすいかも。
それをする事で自分の全身を感知しやすくなり、周囲への知覚が広がる。
立体的知覚と内的呼吸を同時に行う。
頭まで通っていれば、頭に触れただけでも動きが入る。
でも触った人に動きが入るかどうかを基準にしちゃだめ。
 
ロカ名言「呼吸の結果を他人に求めないでください。呼吸はあなたのものです。」
 
腕を掴まれて掴んだ相手を動かすよくやるワーク。
インターナルともエクスターナルとも違う、強いて言うならザイコ的にやる。
相手に腕を掴まれて呼吸を通す。
内的呼吸で周囲を立体的知覚で感知する。
腕、肩、上体、首から下と相手に呼吸を通していって、最後に頭に通す。
相手のマインドが強いから頭には通しづらい。
相手の頭まで通ると動きが出る。
 
柏手を打つように手を動かす。
それだけならマインドは働かない。
パートナーの手を挟んで邪魔してもらう。
そうするとマインドが働きはじめる。
自意識、エゴ、虚栄心、中二病、プライド、そういう湧き上がってくるマインドを抑えてカームを保つのではなく、そういうマインドが自分の中にあることを認めて受け入れる。
ただそれだけ。
でもそれらを認めて受け入れた瞬間に急に動き出すことがあったりする。
 
相手の肩を横から押す。
押される方は動かないように踏ん張る。
踏ん張る相手を呼吸で重心を上げたり、テンションを探して操作して押し返すというのではなく、押せない自分、理想の自分、筋力を誇りたい自分、テクニックを使いたい自分、ひけらかしたい自分、認めたくない自分、見たくない自分を消すのではなく、「認めて共にあり続ける。」
これも相手を動かすのが目的ではなく、自分の内側を観察して認め続ける事が大事な部分。
それでも目的じゃないはずなのに、ある瞬間ふいに軽くなって押せたりする。不思議。
 
鳥の鳴き声、川のせせらぎ、木立の揺れ、風の音、それらをまとめて「音」と定義した瞬間に本質の無い陳腐な物に変質する。
インターナルも同じで「インターナル」と定義した瞬間に本質を失う。
その本質をつかむワーク。
パートナーに締め上げられる。
武器を渡してもらう。
締め上げられた自分の状態と、武器を持った自分の状態との差。
これがインターナル。
フィジカルじゃない意識の変化のみ。
さらに離れた場所で仲間を苦しめて、それを助けに行こうとする自分の状態との差。
これもインターナルなんだけど明らかに違うものが働く。
そして複数合わせる事もできる。
自分のインターナルの理解はまだまだ表面的なものだったと痛感。
 
腹にスティックを深く押しつけてもらう。
「痛い」「苦しい」状態を認めて受け入れて立つ。ただそれだけ。
カームを深めて入ってこなくするのではなく、リラックスと動きで流すのでもない。それらはマインドが先行しての働き。
ただ痛みや苦しみを認めて共にある。
そうすると身体が勝手に動き出すから、動きだした身体にマインドを重ねていく。
さらに相手や周囲を感知することでより動きを作れる。
 
腕を掴んでもらって回す。
「回す」はマインドが定義している。
パラパラマンガの1コマ1コマを読み取るように、「回す」の瞬間ごとの情報を知覚する。
すべての瞬間を知覚しながら回すと結果が変わってくる。
あ、これは藤盛流トラディション八方斬りのワークとほぼ同じこと言ってると思う。
プッシュアップやスクワットや他のワークでも色々できそう。
 
パートナーが手を強く握って押し込んでくる。それを押し返すワーク。
これも重心を操作するのでも力の流れを変えるのでもなく、受け入れて共にあることで返す。
 
ミカエルが「ニュースクールを始めてインターナルワークを教えはじめた時に自分の内面と向かい合うのを退屈と感じる人がたくさん離れていった」と言ってなかったっけ?
それがこれか!という、どこまでも自分自身の見たくない部分を見つめ続けなきゃならない練習。
ただひたすらKnow yourself。
自己憐憫の感情がわいてくるけど、その自己憐憫さえも認めて自分自身に受け入れて共にある。
 
森に例えれば美しい風景だけが森ではなく、その中には死や腐敗や汚物などの汚く醜い物も存在して森を作っている。
見ないようにするのでも消し去るのでもなく、認めて共にあることで森になる。
 
ポジティブとネガティブは1枚のコインの裏表どちらか一方しか見ないのは不健康な状態ってミカエルも言ってたような。
 
なんだか宗教とか自己啓発とかスピリチュアルな雰囲気だけど、やる事はあくまでマーシャルアーツとしてコンバットに落とし込んで使うのがトラディションの面白いところ。
「どんな事が出来たとしてもそれがフリーワークで使えなければ意味が無い」とザイコ師も言ってた。
 
最初から最後まで誰もテクニックの練習をしてない奇妙なWSでした。
身体より脳より心が疲れたというのは初めての経験だったかも。
ロカさんはじめ主催の安河内さん、参加された皆様、組んでくれた方々、ありがとうございました!!
 
 
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以下、安河内さん、元島さんから教わった1人2人でできる練習メモ。
ろくに人も来ないしニーズも無い孤独で悲しきシストラ伊予は1人でも色々とやっていくのだ。
…という自己憐憫があることを認めて受け入れる。
 
握った棒を伸ばして縮める。
大サーシャがやってた、握ったスティックを力を込めて伸ばして縮めて曲げてというワークの本質って多分コレだ。
形だけ追ってるとどこぞの誰かみたいな単なるフィジカルワークで終わる。
正直今まで自分もそこで終わってたし、変わったフィジカルワークとしてしか捉えてなかった。
意識の使い方と合わせるともっと深い物になるという驚き。
杖術とか槍術の人らってこの意識の使い方をやってるんじゃないのかね?
 
周囲を知覚して歩きながらプッシュされる。
周囲を知覚して歩く事で自分の在りようを変えずに動き続ける。
 
自分の本質を別の所にずらしておいて動くうしろの百太郎ワーク。
 
周囲や相手のエネルギーを何でも取り入れて自分のエネルギーに変換するデロリアンワーク 。
 
自分の中をどろどろに動かしておいて静止した状態から動くウルトラQワーク。
 
肩や胸を使わずに三頭筋を強力に使う、プッシュアップ。
これは要練習もうちょっとやり込んでみよう。