今年のゴールデンウィークはいろんなことがありました。
思わぬ災害やら、悲惨な事故やら・・
スポーツの世界も活発でしたが、私はその中でプロ野球のヤクルトの
宮本慎也選手の2000本安打達成に心を惹かれました。
2000本安打は打者として一流の証明と言われます。
一軍で一本も打てずに球界を去っていく人も少なくない中で、年間1
00本ヒットを打っても、それを20年間続けないと到達しません。
したがってこの記録は大学出身選手には不利と言われています。
ましてや宮本選手は大学から社会人野球を経てプロに入っています。
これまで2000本安打の達成者は宮本選手で40人だそうですが、
大学野球、社会人野球を経てプロ野球に入った経歴の選手では、同じ
ヤクルトの古田選手がいるだけです。
しかも宮本選手の打順は2番が定位置。
まさに送りバントの打順です。
もっとも自己犠牲を強いられる打順での2000本安打達成です。
もちろん2番打者では初の快挙でもありました。
宮本選手は身長176センチ、体重70キロ、ほとんど私と変わりま
せん。
決して体格に恵まれたとは言えません。
足も速いわけではない。
何か自分なりの持ち味を出さないと試合に出れないというので、彼は
守備を徹底的に磨きます。
その守備力がプロのスカウトの目に止まります。
守備はプロ級だと、ヤクルトの当時の小川スカウト(現在のヤクルト
小川監督)がドラフト上位指名を当時の野村監督に進言します。
「小川が言うなら」と当時無名の宮本選手はドラフト2位でヤクルト
の指名を受けます。
ヤクルト入団早々から、宮本の守備力は買われます。
でも、打てません。
野村監督が付けたあだ名が”自衛隊”
打てずに守り専門だからだそうです。
それならと2番打者に抜擢され、我の強いプロ野球選手の中で、彼は自
己犠牲の送りバントでチームに貢献します。
そんな彼に転機が訪れます。
名コーチ、名伯楽・中西太さんとの出会いです。
中西コーチに右打ちを徹底的に仕込まれます。
非力をカバーするために右狙いに徹するのです。
たとえ内角球でも右に流す。
結果的にそれは2番打者として、走者を進める打撃にも通じて行きます。
ヒットも打てるし、最悪でも走者を進塁させる打撃への開眼です。
彼は理想的な2番打者となります。
”自衛隊”の返上です。
こうして彼はコツコツ安打を重ねて行ったわけです。
そして今年、5月5日の子供の日、見事快挙を達成します。
41歳5カ月での到達。
史上最年長での2000本安打達成でもありました。
2000本安打達成者の中で打点数、ホームラン数は共に40位、つ
まり最下位です。
しかし、犠打数はダントツの1位です。
まさに苦労人、いぶし銀の快挙達成です。
宮本選手はアテネ、北京と2五輪大会連続で日本チームの主将を任さ
れました。
今オフでは、巨人の坂本選手が宮本選手に守備の教えを請い、それに
対して懇切丁寧に教えたことで、敵の選手も受け入れる宮本選手の器
量の大きさが話題を呼びました。
2000本安打達成後のインタビューで「これで個人の記録は終わ
った。この後は自分を見出してくれた小川監督の胴上げをなんとし
ても実現したい」
苦労人は義理と人情の人でもあります。
自己犠牲の2番の役割に徹し、地道にコツコツと努力を重ねる粘り強さ。
人との出会いを大切にし、感謝を忘れず、チーム第一を貫く。
宮本選手に教えられることは多々あります。
まさに「一流選手は一流の人格者たれ」宮本選手はそれを実践している
と言えると思います。
いずれ彼は指導者として球界を背負う一人になるでしょう。