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極左過激派やオウム真理教事件など、昭和から平成にかけて日本を揺るがせた大事件の「裏側」で活動してきた公安捜査官・古川原一彦。その古川原が死の直前に明かした、公安警察の内幕やルール無視の大胆な捜査手法から、激動の時代に生きたひとりの捜査官の生きざまに迫ります。長年、古川原と交流を持ち、警察やインテリジェンスの世界を取材し続けてきた作家・竹内明氏が知られざる公安警察の実像に迫る連続ルポ、第8回(前回までの内容はこちら)。
「点検が始まるぞ!」
看護師学校時代の友人A子がもたらした情報通り、オウム真理教逃亡犯・中村琴美(仮名)は公安部公安一課の古川原一彦たちの前に姿を表した。中村は、最重要逃亡犯・平田信とともに夫婦を装って行方をくらましていたキーパーソンだ。中村を追えば、平田を発見することができる。公安警察にとって、平田信を逮捕する千載一遇のチャンスだった。
1996年2月16日の昼、都営三田線白山駅。預けていた50万円を受け取った中村はいったんA子と別れたが、突如UターンしてA子の元に駆け戻り、泣きながらこういったのだ。
「私は尾行されている。周りに警察官らしい人がたくさんいるじゃない。なぜこんなことになったの!」
古川原たちの尾行がバレた瞬間だった。
中村はA子のもとを離れると、白山駅の外に出て行った。物陰に隠れると白いダウンジャケットを脱ぎ、カバンの中から黒い膝丈のコートを取り出して着替えた。そしてポニーテールにしてあった髪を解いた。変装である。
「ヅかれた! 点検が始まるぞ」古川原は無線に囁いた。
古川原の予想通り、中村の動きはこの直後から激変した。
中村は、白山駅に戻ってきて電車に乗った。巣鴨駅で車両を飛び降りるなり、ホームの向かい側、逆方向に発車寸前の列車に駆け込んだ。一つ戻った千石駅で下車すると、また逆方向へ乗り換えた。
50人近くに膨らんでいた追尾要員は次々と脱落した。電車の飛び乗り、飛び降りを繰り返す対象を走って追いかけるわけにはいかない。「気のせいだった」と思わせるためには、顔を見られた捜査員は一人ずつ脱尾するしかないのだ。
再び巣鴨駅で降りた中村は、今度はJR山手線に乗り換え、次の池袋駅で降車。数本の電車をやり過ごして、同方向に再乗車、新宿駅で降りた。極左活動家も顔負けの尾行点検だった。
プロを振り切った「女の執念」
ここで中村の身柄を確保すべきではないか。古川原はこうも考えた。だが、本部の指揮官たちは尾行続行を譲らない。たとえ、中村の身柄を確保しても、彼女がすぐに平田の居所を自供するとは思えない。それどころか、平田は中村と連絡が取れなくなるや、直ちに隠れ家から逃亡するだろう。
新宿駅に到着した時点で、中村の後ろについていた捜査員はわずか4人だった。中村が後ろを振り向くたびに、顔を見られた捜査員は脱尾していった。そのたびに、無線からは「脱尾します」という声が続いていた。
新宿駅の地下道を歩いた中村が、タカノフルーツパーラー前の階段をのぼったとき、追尾要員は最後の一人になっていた。
金曜日午後3時の新宿通りには、大勢の人が歩いていた。横断歩道を渡った中村は、紀伊國屋書店前に差し掛かった瞬間、伊勢丹方面に猛然と走り出した。このとき、最後の一人も走って追うことを断念した。
公安部の追尾要員最後の一人が脱尾した紀伊國屋書店前の繁華街(Photo by iStock)
左翼過激派の秘匿追尾で鍛え抜かれたはずの捜査員たちは、中村琴美を完全に見失った。中村が極左活動家やスパイたちのように、尾行切りの訓練を受けているはずもない。公安一課の精鋭たちは、平田を守ろうとする女の執念を前に、屈辱的な「失尾」を喫したのである。
本部からの叱責に古川原はこう返した。
「これは予想できたことです」
「キャリアは口を出すんじゃない」
とは言ったものの、古川原たちが諦めたわけではなかった。中村が東京駅から地方に高飛びすると読んで、東京駅の防犯カメラのテープ数百本を回収したのだ。そしてビデオデッキ10台を用意し、20人の捜査員が交替で映像を睨み続けた。すると、捜査員のひとりが、見事、中村の姿を発見したのである。
その映像は、失尾当日の午後6時、JR東京駅から東北新幹線「やまびこ」に一人で乗り込む中村の姿だった。
「俺たちは郡山でアパートローラーまでやって、中村の行方を捜した。電力会社の契約状況の中から、怪しい名義貸しがないかまで洗い出したけど、中村も、平田も見つからなかった。でも、二人は仙台にいたんだ」(古川原)
のちにわかったことだが、中村は当時、仙台市内の割烹料理店に偽名で勤務していた。だが古川原たちの尾行から逃れた直後、中村は店から姿を消した。
彼女が暮らしていた従業員用の借り上げアパートには、二組の布団が残されており、部屋から平田の指紋も検出された。指名手配された二人は、2012年1月に逮捕されるまで、果てしない逃避行を続けることになったのだった。
古川原は屈辱の出来事をこう振り返った。
「尾行というのは相手との駆け引きなんだ。相手が不安を感じたら、いったん脱尾して不安を取り除いてやるのが鉄則だ。あの時、途中で脱尾して、白山駅から尾行を再開していれば、中村に気づかれることはなかった。
現場を知らないキャリアの幹部たちは、尾行も、張り込みもやったことがないくせに捜査に口を出したがる。その弊害だ。俺は、現場責任者として上司を説得すべきだったんだ。俺が一番悪かったんだよ」
古川原はこの一件以降、キャリアが公安部幹部に就任すると、「あなた方は捜査に口を出しちゃダメだ」と釘をさすようになった。そう言われた幹部たちの中には当然、古川原の物言いに反発心を覚えるものもあっただろう。
※文中の「中村琴美」は仮名。2012年7月に懲役1年2月の実刑判決が確定し、現在は刑期を終えている。
(つづく)
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