師匠から、
真解学を学び、
東洋思想の教えを学び、
復習をしていても、
他人のなんて事ない一言に、
『ん???💢』
と反応してしまう私。
学ぶ前は、
その反応した心のままに凄い形相で、一言発射!
からの連射!!!
でしたが、今は連射はやめられている(ハズ)
連射してしまったのは、
こうあるべきというべき論と、
自分と他人の境界線の取り方を間違ってたから。
いらなかったその一言で、
失ってしまったものがある。
自分で氣づける分はしれてる。
氣づかないことの方が多いと思う。
。。。。。
瀧本光静先生のブログです。
師匠が面談したその彼女が口にした不安は、
すぐ目の前の現実のことだった。
師匠が心配されたのは、もっと先のことだった。
『 心が動いた時に、そのまま従うのではなくて、
その先を考えられるようになること 』
私の場合は、
心が動いた時にそのまま従うというだけでなく、
更にそれを正当化するかのように、
その先を考えていた気がする。
面談中師匠が彼女に手渡されたプリントは、
以前講演会で頂いていた。
今一度プリントを見る。
四苦八苦
肉体に関わる4つの苦しみ
生苦…生まれたことによる苦しみ
老苦…老いていく苦しみ
病苦…病気になる苦しみ
死苦…死にゆく苦しみ
心に関わる4つの苦しみ
愛別離苦…愛する人と別れないといけない苦しみ
怨憎会苦…嫌いな人と会わないといけない苦しみ
求不得苦…求めているものが手に入らない苦しみ
五縕盛苦…心も身体も思いどおりにならない苦しみが常に渦巻いている苦しみ
そういう世の中に私たちは生きていると、
自分に入れる。
思い通りにならないことが起きたとき、
こうしたい!
こう言いたい!と思ってるんだなと、
氣づいてみる。
そして、
その先を考える時に私は、
こうあるべきという、べき論が入ってませんか?
他人の領域まで入ってませんか?
という言葉を入れてから、
その先を考えるようにしよう。
とブログを書きながら、
昨日も、
『んーもう! ほんまにぃ💢』 と心で叫んでいたなと今氣づく。
行うは難し💦