当日のオレは他人からはどう見えてたんだろう?化粧のことではない。
ずっと夢の中で過ごしていたんじゃないかとさえ、今でも思う。
こうやってブログに書き記していることが、本当に自分の事であったのか…
とにかく、あの興奮の1日を順序立てて綺麗に描写するのは難しいと感じている。
物語が多すぎて、その1日だけでまるで長編小説のようだ。
集合場所に現れたのはオレがメンバーではラストだった。大物かよっ!とからかわれた。
中学からキーボードを弾いているKちゃんがやけに緊張していてオレを含むメンバー全員と何度も握手してきていた。
軽いリハでは声はほとんど出さなかった。他のグループの視線が痛かったせいもある。
レモネードを飲みすぎたせいで、何度もトイレに行った。
出番が近くなった頃、Mが囁いてきた。今日は誰のために歌うの?と。
恥ずかしさゆえに知人に全く伝えることなく本番を迎えたオレだ。自分のためだと応えた。
それもいいかもしれないけど、と言ってからMは続けた。
「Kちゃんの友達のHちゃん、お前に惚れてるんだよね~!今日は彼女のために歌ってあげてよ」
まったくこいつの口からは何が飛び出てくるかわかんねえなぁと、呆れた。
だが、緊張を和らげるには絶大な特効薬だった。どんな医学者でも作製不可能な薬だった。
Mよ、お前は誰のために歌うのさ?
笑ったっきり、ヤツは応えなかった。反則だ。
オレ達の前のグループのステージが終わった。もう腹はくくっていた。
「いいか、綺麗に歌おうと思うなよ!むちゃくちゃでいいからお前のポテンシャル全部ここで吐き出してくれ」「それ昨日も聞いた。任せろ!むちゃくちゃにしてやるよ」
「よし!じゃあ行こうかASKA!」「ASKAはお前だろ?」
コーラス部に所属し演劇部の手伝い経験もあるオレなので、舞台に上がることに慣れてないわけではなかった。だが、オーディエンスの数と圧力、ライトの眩しさは未知なる世界だった。
3ビートだったかYさんのベースを合図に1曲目スタート!
コーラスに入る前、Mが叫ぶ「ようこそ~!」リズムに乗せてオレが続く「ようこそ~!」
そして、後ろの3人の演奏がピタッと止まる。瞬間、2人で「待たせたね!」
見事にCHAGE&ASKAのライブのパクりであるが、これがオレ達のスイッチ。
この曲はMのほぼフルコーラスでオレは横からWOWOWとかYHAYHAとか曲名のGETLOVEとかをタイミングよく入れるだけで良かった。
Mはマイクを握ると普段の草食系は仮面だろ?と疑う変貌ぶりを見せる。真横にいるからしげしげ見れないんだが、間違いなくカッコイイ。オレはヤツの引き立て役で十分だった。
心配してたギターソロの部分だけに集中していた。
盛大な拍手をもらった、と思う。
2曲目の前にMが簡単にメンバー紹介をする。Sが事故で入院中であることを聞いた観衆の一部から悲鳴があった。代役のオレに拍手と口笛が飛んだ。面はゆかったが、気持ちは2曲目に飛んでいた。
やがてKちゃんのキーボードがピアノの音を伴って静かに旋律を奏でだした。
まるでお伽話のようなオレのクライマックスだった。
頬杖ついて居眠るキミを乗せて僕という名の列車は走るよ♪
キミが目を覚ました時に広がる景色の名はbeautifulgeneration♪
言葉の立ち上がりのハ行を音にすることがこんなに難しいことなんだと、生まれて初めて知った。あとは、よく覚えていない。
なんとなくだけど、入院中のSの魂が乗り移っていたような、自分が自分でない感覚。
曲の最後にもう一度今度は2人でハモりながら前述の歌詞を繰り返してステージは終わった。
途中からの観客の手拍子はまた盛大な拍手に変わった。
Mが「みんなありがとう!またお会いしましょう!」とCHAGEのように叫ぶ。オレはASKAのように両拳を握りしめ、深々とお辞儀をした。
この5人での、最後の演奏となった瞬間だった。
音楽という、人間が生み出した最高の文化の一つ、この魅力に引き込まれるには十分の時間達だった。
だけどオレは逆に身の程を知ったというか、未練は感じなかった。
舞台から降りたときの達成感と安堵感
録音されたものを聴いたときの違和感と現実感
あそこから音楽への道を目指すなんて、それこそドラマや漫画の世界だと思う。
後に付き合うことになったHちゃんは、あの日のオレは世界で一番カッコ良かった、と言ってくれたけど、それは違うよ。
せいぜい、世界で6番目だった。かな?(笑)
(了)