1998年10月6日。ナゴヤ球場最後の日。
その日オレはナゴヤ球場ライトスタンド最上段にいた。今でも大好きなスタジアムとの別れは辛かった。その話は後日ゆっくり書かせてもらう。
ただ、オレのスタジアム大好き人生はナゴヤ球場あってのことだと思う。
生活の関係でもう3年ほどどこのスタジアムにも行けてないのだが、また行くよ!
だってそこには、必ずドラマがあるのだから。
【ジュビロ磐田スタジアム】静岡県磐田市

ヤマハスタジアムと今は呼ばれているが、オレの中では一生”ジュビスタ”だ。
ここはオレが住んでた名古屋以外のスタジアムでは最も多く訪れたところで、黄金期のジュビロの素晴らしいサッカーを何度も堪能させてもらえた。
観戦試合の思い出が多すぎて全ては書ききれないが、ジュビロの強さを最も印象的にしたゲームは2001年のゴールデンウイークに行われた磐田vs名古屋。
ピクシーことドラガン・ストイコヴィッチのラストイヤーを飾ろうと意気込む我らが名古屋グランパスは無敗の2位で、全勝で首位を走るジュビロのホームに乗り込んだ。
前半、一見すると名古屋ペースのように思われた。
オフサイドで取り消しとなったが、ゴールシーンもあった。いけるぞ!アウェイ側スタンドを埋め尽くしたオレ達は声を枯らして名古屋を後押しし選手たちもそれに応えていたように思う。
だが、そう見えていた景色は、実は全然的外れだった。ジュビロの手のひらで踊らされていたのだ。
後半、明らかにジュビロのパススピードが上がった。ついていけない名古屋の中盤。ただでさえゴールデンウイークの連戦中で疲労感はピークである上、この日はあいにくの本格的な雨。
決戦にあわせたように見事に整えられた芝がキレイだったのを今でも鮮明に覚えているのだが、その上をボールが気持ちよさそうに滑っていく。サックスブルーのユニフォームの選手たちの足元に。
終わってみれば、3対0のジュビロ完勝!高原、藤田、そしてゴン中山。3人のゴールは全てファインゴールだった。憎らしい強さを誇ったジュビロ全盛期を象徴するゲームでもあった。
ところで、その日はオレの唯一のアウェイ側スタンドでの観戦となったのだが、現在はなんと席を増設した上でホーム側スタンドに変身している。当時のアウェイ側スタンドの裏には一見すると体育館のような建物があったのだが、今はどうなっているんだろう。
当時ゴール裏サポーター席には席はなく、柵にもたれかかるような態勢で観戦した。傾斜が緩いため見づらい環境だったが、スタンド中段からでもピッチが近く、そこがこのスタジアムの最大の売りだ。
また、何度も利用したバックスタンドは逆に傾斜がややキツい分見やすい。最上段で観戦した時はまさに鳥の気分で、俯瞰という言葉がピッタリである。
このバックスタンドはなんと丘の傾斜を利用した構造で、最上段が一階、最前列は地下5階くらいだと言えば分かりやすいだろうか。
オレの知ってる限り、このような発想のスタジアムはない。萌ポイントの1つ。

更に、現在のアウェイ側スタンド、2001年当時はホーム側だった2階席の端のほうにある手動式スコアボードの存在。これこそがジュビスタの象徴だった。
メンバー紹介のアナウンスと共に係員がカコーンカコーンと名前を回転させて表示していく様はJリーグの風景としては異色でありオレ的には楽しい時間だった。
当時は緑色あったが、後にチームカラーのサックスブルーに塗り替えられたのも、なんだかナゴヤ球場的で好きだったのかもしれない。屋根がほとんどないのも共通点だ。
残念だったのが”売店力”。ここで旨いものを食べた記憶がない(笑)

今はスコアボードも液晶型に変わり、チームはまさかのJ2二年目。時代は変わる。
だからこそ、また行きたいスタジアムでもある。
JR磐田駅前からサックスブルーのアーケードと無数の旗をくぐり抜け、右に曲がって市内中心部へ。スーパーのある交差点の門にあるジュビロショップはまだ健在だろうか。
更に進むとドゥンガやスキラッチも愛用したというサイゼリアだったかファミレスのある大通りがある。そこから更に徒歩で15分ほど。駅から30分ほど歩けばジュビスタ到着だ。
シャトルバスもいいけれど、晴れた日にはサッカー談議に話を咲かせたりしながら歩いていくのをお勧めしたい。
こののどかな地方都市に、Jリーグのチームがある素晴らしさを風景と共に感じて欲しいから。