必ずまた逢える〜愛する息子へ -109ページ目

必ずまた逢える〜愛する息子へ

2015年1月…突然白血病の宣告。わずか4ヶ月でお空に還ってしまった20歳の息子を想い、またいつか親子の続きをしたいと願いながら生きています。

今日はひな祭り雛人形


重たい腰を上げ、
ようやく1週間前にお雛様を出しましたあせる



だからと言って何をするわけでもないのですが、
先日娘の好きなひなあられを買って来ましたニコニコ


それ…だけウシシ

今日も娘はあいにくの雨の中雨
以前のバイト先の友達3人で横浜に出かけて行きました電車



先日の国試の合格発表は今月25日。
それまでは何も考えず、
今までの分遊ぶそうですチュー




私は…今日は引きこもりにやり
午前中、ダイニングとキッチンの気になっていた場所を断捨離ニコ


一カ月程前には、
息子の机周りも少し片付けることができました。

まだまだ不要な物が溢れています(´._.`)
結局処分するのを躊躇う自分に負け、そのままになってしまっているものばかり




でも、ここで娘が合格したら
4年分の努力の賜物を処分することになると思うので、

娘の物に紛らわせて、
娘のものと息子のものを一緒にしたら
処分する勇気も出るんじゃないかと
自分に言い聞かせています




生きていたら



この春社会人2年生。




もう大学のテキストや
ノートなんてとっくに処分してたよねショボーン





5月の命日が来たら丸4年・゚゚(>_<)゚゚・


少しずつ少しずつ…





「もういらねーよーおーっ!!」と呆れている息子の声が年々大きくなってるような気がしますキョロキョロ







そしてそして

私も3/1で今の職場にきて丸1年が経ちました



最初は覚えることばかりで
慣れないパソコン作業に四苦八苦し、
(今もですが…汗

やっぱり無理かもギザギザギザギザアセアセと思いながらも、ここまで続けて来れたんだなぁ…とおねがい




息子への想いは何も変わらなくても


私を取り巻く環境は
どんどん変わってる




息子が空へ還ってしまった4年前には

今の私の状況なんてとても想像できるものではなかった






今、卒業を間近に控えた娘を前に想うこと。



息子の葬儀の翌日から学校へ行った娘のために

ただひたすら毎日お弁当を作ってきた。


放心状態で
大したものも作れなかったはずだけど
(記憶は全くありません)

娘のお弁当を作るために朝起きて

その後また布団に潜り込む毎日。





でも、そんな日々の積み重ねがあったから


仕事までできるようになった今の私がいるんだとぐすん



先日、最後の登校日に帰宅した娘から

「ママ、7年間毎日美味しいお弁当ありがとうニコニコ」と空になったお弁当箱を出されたとき



思わず「こちらこそ、ありがとうおねがい」と言ってしまいましたえーん







娘に支えられた4年間。


見えない息子に守られてきた4年間。





1年後

私を取り巻く環境はまた変わっているんだろうなぁ〜と思ったひな祭りでした笑い泣き












長々と読んでいただき、ありがとうございました爆笑