1月 5日。 | 必ずまた逢える〜愛する息子へ

必ずまた逢える〜愛する息子へ

2015年1月…突然白血病の宣告。わずか4ヶ月でお空に還ってしまった20歳の息子を想い、またいつか親子の続きをしたいと願いながら生きています。

今日から仕事始め。

なのに昨夜はなかなか寝付けず、何度寝返りを打っていたことか😅

そんな日の今朝5時前。

ものすごい胃痛で目が覚めましたえーん

目覚ましが鳴るまであと1時間ちょっとあったのに悲しい

うずくまっていても痛くて痛くて、こりゃダメだ!と仕方なくリビングにある薬箱を取りに起きました。

胃薬、胃薬、、と探してみたら、どうやらまだ開けてないものしかなく…

箱開けて中の瓶を開けようと思ったら蓋が固くて開かない!ゲロー

胃は痛いし眠いし、力は入らないし、

もう朝から最悪だーー泣

何とか開けて胃薬飲んで、また布団に入って…

けど寝れるわけがないっ泣くうさぎ

結局寝不足のまま、胃の痛みも治まらないまま仕事へ。

最悪の仕事始めとなりました。


そんな1月 5日。

9年前のこの日、かかりつけ医のクリニックから医療センターへ息子が救急車で搬送された日です。

年末年始あきらかに様子がおかしく、顔が3倍くらいに膨れ上がり、お正月に救急で診てもらいに行ったけど、何時間も待たされたのに、ろくに診察もせず、マスクの下の息子の顔だけみて、副鼻腔炎だの年末に処方された薬の薬疹だのと言われておしまい。

その2日後、かかりつけ医の診療が始まるのを待って受診。

息子の異変に医師は「なんでこんなになるまで放っておいたの!すぐに大きい病院に行って。手配するから」と。


悔しかった

年末ギリギリまでやってる病院にも連れて行ったし、お正月も救急で診てもらったのに、何でこんなことになっちゃったんだろう


搬送先の医療センターで処置をしてもらい、

息子はその日は夜間だったためICUへ。

そして私は、その日たまたま当直だった血液内科の先生に呼ばれたのは夜10時を回っていたと思う。

「明日詳しく検査しないとハッキリとはわかりませんが、おそらく白血病の可能性が高いです」

そんな感じのことを言われた気がする。


もうね

そのときの記憶がほとんどない。


だけどその時のことを思い出すと苦しくなる。

記憶はないのにそのときの感情は覚えてる。

何も考えられない、頭が真っ白っていう状態を初めて知った日かも。


だから今日は朝から散々だったのか〜って、仕事中に思ったりして。

息子はもっともっと辛かったんだよー

忘れるなーと

きっとそういうことだったんだね


今思い出してもやっぱりツラい

1月 5日。

後悔と懺悔の日。