兄妹。 | 必ずまた逢える〜愛する息子へ

必ずまた逢える〜愛する息子へ

2015年1月…突然白血病の宣告。わずか4ヶ月でお空に還ってしまった20歳の息子を想い、またいつか親子の続きをしたいと願いながら生きています。

日に日に命日が近くなり、

蓋をしていた想いがどんどん溢れ出てきました。

思い出すことが、ずっとずっと苦しくて

なかなか文字にすることができなかった。


でも、あの日から5年が経とうとしている今
記憶が薄れてしまう前に、
自分の記録のため少しずつ残しておこうと思い始めています。


辛い記憶と重ねてしまう方もいらっしゃると思いますので、どうぞスルーしてくださいね








5年前の今日は

娘がお兄ちゃんのドナーになるために入院した日。


26日に末梢血幹細胞移植をすることになっていました

幸いにも娘と息子の型はフルマッチ。



この日は、私は娘の検査の付き添いや

医師の説明を受けるため、

息子には母に付き添ってもらいました。




娘は息子の病室から少し離れた大部屋に入ることになりました。


ひと通り娘の入院準備も終わり

息子の病室に戻ると、

ずっとベッドに横たわることの多かった息子が

珍しく車椅子に座っていました。


「今日は何か調子がいいんだよねー照れ

そう言いながら笑った息子に
後ろの窓からの太陽の光が重なり、眩しかった。



私はホッとした気持ちと同時に、

後ろから照らされた眩しいくらいの光の中に

息子の姿が消えてしまいそうな気がして

何だかよくわからない不安を感じました。



でも、その日の息子は本当に体調がよくて、

よく喋り、よく食べ、よく笑った。


少し横になるよう促したけど、

気分がいいから起きていたい…て。


途中担当医が来たときも、

元気な息子の姿に驚いていたほど。



久しぶりに会った妹と嬉しそうに話してる息子に

「妹さんと26日の移植に向けて頑張ろうね」

「はい!」






想いはひとつだった



奇しくも、5月26日は息子の20歳の誕生日。



息子は、移植の日がこの日に決まったとき




「誕生日に移植なんて、もしかしたら運命かもしれない。俺、この日にまた生まれ変わるのかもしれないなー」

なんて言ってたなぁ


治療に前向きな息子らしい言葉を聞いて
ウルっとしたの覚えてるぐすん




だから、、きっと大丈夫。うまくいく。大丈夫。



家族みんな、そう信じてました。








でも、元気な姿の息子を見たのは

この日が最後になってしまいました。





息子が亡くなってしばらく経ってから知ったのですが、

この日の息子のような一時回復したようにみえた状態を「中治り」というらしいです


それは死が近づいていることを意味していたなんて、その時の私は思いもしませんでした








娘が入院した日。
お兄ちゃんと2人、頑張ろう‼️て撮った写真ぐすん(撮影:娘)

私のいないときに撮ったらしいですカメラ