やっぱり寅さんはコミュニケーション上手で
セールスの達人だなと痛感したシーンをご紹介します。
久しぶりに柴又に帰ってきた寅さんは
その晩、家族団らんで盛り上がります。
甥の満男は靴会社に就職して半年が経ったのですが
セールスの仕事に行き詰まり、寅さんに相談をしました。
すると寅さんは近くにあった鉛筆を満男に差し出し
「俺に売ってみな」と言います。
満男はしぶしぶ営業トークを始めます。
満男君
おじさん、この鉛筆買ってください。
ほら、消しゴムつきですよ。
寅さん
いりませんよ。ボクは字書かないし。
そんなもん全然必要ありません。以上!
満男君
あっ……。そうですか。
寅さん
そうですよ!
満男君
……。
寅さん
どうしました? それだけですか?
満男君
だって、こんな鉛筆売りようないじゃないか。
寅さんは満男君に「貸してみな」と言うと
鉛筆を片手にしみじみと語り始めるのです。
寅さん
おばちゃん、俺はこの鉛筆を見るとな、
お袋のことを思い出してしょうがねぇんだ。
不器用だったからね。俺は。
鉛筆も満足に削れなかった。
夜、お袋が削ってくれたんだ。
ちょうど、この辺に火鉢があってな。
その前に、きちーんとお袋が座ってさ、
白い手で肥後守(和式ナイフ)をもって
スイスイ、スイスイ削ってくれるんだ。
その削りカスが火鉢の中に入って
ぷーんと良い香りがしてなー
綺麗に削ってくれたその鉛筆で
俺は落書きばっかりして
勉強ひとつしなかったもんだよ。
でもこのくらい短くなるとな
その分だけ頭が良くなったような気がしたもんだった。
そして、ここからがクロージング。
ボイストーンが高くなり、言葉の重みがグッと増します。
お客さん、ボールペンてなぁ、便利でいいでしょ!
ね。だけど、味わいってーものがない。
その点、鉛筆は握り心地が一番!
なっ、木の温かさ。
この六角形が指の間にキチンと収まる。ね!