皆様こんにちは。
お子様の二学期も始まり、
夏休みの間、なにげに溜まっていた疲れが、
一気に吹き出ているお母様も多いのではないかと、
密かにくくく、な、愚痴聞きカウンセラー作家の、心笑亭 杉のです。
そやけども。
「今日から学校行ってくれる!!」
という、
あの、
ほっとするような、
シャキン、とするような、
ワクワクするような、
それでいて、
なんとなく手持ち無沙汰のような……。
そういう感覚を誰もが抱きながら、
気がつくと、
「学校か…あの頃が懐かしいな~」
なんて、すっかりヒゲを生やし、出勤する息子を眺めながら見送る。
そんな日があっという間にやってくるわけで。
とはいっても、
この長い休み明け前後というのは、
子供たちの様子を、しっかり見届ける必要のある期間でもあって。
事実、
この10日間の間に、
四人の子供が自殺してしまった、というニュースが流れている。
ほんと、悲しいとしか言い様がない。
うちの長女も、二学期が始まるとすぐ登校拒否が始まった。
だけど。
うちの子のように、
「行かない選択」
「逃げる勇気」
が持てずに、
「死にたい……」
それほどまでに、追い詰めたものの正体っていったいなんなんだろう。
友達、
学校、
先生、
親、
などなど。
いつも世の中は、その正体をなにものかのせいにして議論するけれど。
「今の子供のいじめは残虐だ」
「学校のあり方が間違っている」
「親や教師はどうして、そこまで悩んでいたのに気がつかなかったんだ」
「いじめていた子供の親はどんな子育てをしていたんだ」
なんて、
なにかの責任にしようとするけれど。
杉のは思う。
結局は、
やっぱり、
その子を追い詰めたのは、
その子自身の「心のあり方」なのだと。
そして、それが、その子の精一杯の「愛」だったのだと。
何年か前。
テストの成績が悪いことを苦にして自らの命を絶った子供がいた。
「お父さん、お母さん、勉強ができなくてごめんなさい」
と、最後のメールをお母さんに打って。
「いじめられている自分は、親を悲しい気持ちにさせる」
「勉強できない自分は、親に失望させる」
親を、本当に愛しているからこそ、そう思ってしまうのだ。
また、
「そうでないと、愛されない」
という価値観を、知らず知らずのうちに抱いていたのだ。
親は、子供たちに、
「そのまんまの自分で愛されていること」
「たとえ、どんな姿でも、愛し続けること」
を伝え続けることはもちろんのこと。
それ以外にも、
「親なんてどうでもいいよ」
って言われることを恐れてはいけない気がするのだ。
そう平気で言える、子供に育てる勇気も必要だと思うのだ。
いじめや、辛い現実と戦っている子供たち。
どんな子供だって、親がそれを知ったら悲しむことはちゃんとわかっている。
それでも、
「自分がどうしたいか」
を選択できる子供。
親の気持ちを組んで、
親の喜ぶ顔を見て、幸せに感じる子供たちも素晴らしいけれど、
その時、その時に、
親がどんな顔して怒鳴っていても、
親が、どんなに悲しい態度を見せても、
「それでも自分は〇〇がしたい」
そう言い切れる子供たちも素晴らしいと思うのだ。
それが、
「自分の人生を歩く力」
となって、その子達の未来に希望を持たせることになる。
「それでも愛されている自分」
それを知っている子供は強い。
今、芸能界のニュースでも、
「ママ友」
によるいじめが問題になっている。
「ママ友の間でいじめられていた」と告白した女優さんの言葉を受けて、
「いや、いじめられてたんはこっちや」
と、対立するママ友らの反撃が始まり。
週刊誌やネットでは、それらを面白ろおかしく取り上げている。
実際のところ、本当はどっちが悪いのか、なんて杉のにはわからないけれど、
親が、こんな状態であれば、
その親の価値観を受け継いでいるその子供たちが、
同じような世界を作り出すことは一目瞭然なわけで。
「どうしたら友達はできますか?」
新学期、そう相談してきてきた女の子がいた。
「自分が毎日笑って楽しいこと夢中になってやってたら、いつのまにか友達って横にいるんじゃないかな」
杉のは、そう答えたけれど。
友達なんて、
「一緒にいてもらうもの」
ではない。
「なにかをしないと、してもらえない」
のが友達なんかじゃない。
そこから離れる勇気。
逃げる勇気。
心から笑っていられる自分の居場所を作る勇気。
それが、たった一人ぼっちでもいいやん。
それが、自分の家族だけであってもいいやん。
それで、自分の部屋から出られなくてもいいやん。
それでも、毎日腹を抱えて笑えるなにかを見つければいい。
嫌なママ友関係から離れて、
そういうことを、
子供たちに教えてあげて欲しいと思う。
ちょっと、真面目。