伝わらないからこそ、それでいいのだ。 | 心笑亭 杉のの笑いの空間

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皆様こんにちは。

少し前、友達に「昼顔ってドラマ観てる?」と訊かれて初めて、

ここ数年、自分が恋愛ドラマをまるっきり観てないことに気づいた、

愚痴聞きカウンセラー作家の、心笑亭 杉のです。










愛♥、ください。






さてさて。

カウンセリングでも、愚痴聞きでも。

その悩みや愚痴の向こうには、必ず人がいる。


それは、

親であったり、

旦那さんであったり、

子供であったり、

友達や、

彼や、

隣の住人。

時には、実際には目の前にいない誰か。


どうして、言ってること理解してくれないの?

どうして、人の言葉の揚げ足ばっかりとるの?

どうして、素直になってくれないの?

どうして、この思いが伝わらないの?

どうして、私の気持ち分かってくれないの?


そんな風にモヤモヤッとすることって誰にだってある。


そんな時、

私の言葉が足りないからかな?

とか、

私に対してなんか不満があるのかな?

とか、

自分の考えを押し付けすぎたからかな?

とか、

もう、気持ちが自分にないのかな?

とか、

自分って、どうしていつも人とこうなるの?


とかね、

さんざん自分を反省するタイプの人もいれば、


中には、

あっちが拗ねてる。

あっちが、完全に誤解している。

あっちが思い込みで聞いてるから、素直に耳に入らないんだ。


なんて、完全に相手の問題にしてしまう人もいて。



てゆーか、その時その時で、どちらの自分にもなるよね、きっと。


だけどそれらには、

どこまでいっても答えがなくて。

どこまでいっても、解決しなくて。


だって、

その時の自分は、

精一杯、相手を理解しようと、

相手に、自分の気持ちを伝えようとしてるんだもの。


何も相手を嫌いになろうとか、

相手を苦しめてやろうとかではなく、

相手が心配だから、

相手が、私を心配させるから、

相手のことを思ってるだけなのに。


気がつくと、

そのことで、ギューッと胸が苦しくなって、

もう、何も手につけられなくなって、

二人の間に、深い溝ができるような言葉、態度を見せつけてしまう。


そして、

相手に対して憎悪が膨らみ、

一方では、

あんなこと言わなきゃよかった、って後悔している自分もいたり。


こういう人多いよね。

杉のもそういうタイプ。


でも、それって、

本当は、

その時感じた、とっかかりになった最初の不安や不満も、

そこから始まった数々の言葉のやり取りも、

すべて、


「相手が、自分の思い通りの返事をくれなかった」

「相手が、自分の思い描いた通りの行動を示してくれなかった」


だけのことなんだよね。


つうことは、

自分の心の中だけの、問題なんだもんね。

だから

相手に何をどう求めても、

自分の言葉、行動にどう気をつけても、

解決なんかしないってことだね。



おそらく、

人と人の行き違いって、だいたいこういうことであって、

その、相手となっている人からしても、

あなたは、その人の思い通りの返事をしていないってこと。


ただそれだけのことに気付けないんだもんね。

その時って。



そうはいっても、

その人が、自分にとって大切な人ならなお、

「いくら言ってもわかってもらえない」

「どれだけ理解しようとしてもわからない」

のは、辛いもんね。



杉のは、カウンセラーになるまで……うう~ん、

いや、最近までかな、

そんな時は、

必ずと言っていいほど、ムキになって自分の思いを伝えようとしてきた。

相手が、そして自分が納得するまで相手の気持ちを聞き出して、

その言葉の一つ一つの意味を説明させて、

きちんと、伝え合うことが誠意でもあると思っていた。


「気持ちは伝えてなんぼ」


大切な人ほど、そうするべきだと思っていたんだよね。


正直、どうてもいい人の場合は、

誤解されてもそのまんまほっとくことが多かったけれど、

旦那や彼や、

大切な友達なんかには、

そうやって、まるで追い詰めるように「伝えて、無理やり理解させる」ことが多かったと思う。



かなり、うざい。



つっても、実際は今もそんなこともある。



実は少し前、杉のはある友達に言われたことに少しひっかかって、

「それってこうゆうこと?」

みたいな感じで、聞き出そうとしたり、

それを受けて、返事を聞いても、

どうしても納得できない自分がいて。


「え~らしくない。そんなことおめーが言うなんて淋しいじゃねえか」と。


そして、その友達の言うことを理解しようと、もがき始めたいつもの自分がいたのだけど、

そうなると、

相手も、やっぱ杉のがちっとも理解してないことで、ガックシ感をアピールしてくるよね。


まあ幸い、その相手の友達は杉のより数倍人間できている奴だったから、言い争いってまではいかなかったけれど。

つうか、かなり大人の対応をしてもらったけれど。

いや、実際は今も怒り心頭かもしれないけれど。


でも、いつもの自分なら、

負けじと、相手がぎゃふん、というまで屁理屈コキまくっていたはずなのだ。


でもね、その時の杉のは、ふと気がついた。

途中で、神の声が聞こえたのだ。



「すべてわからなくていいんだ」って。




そう思ったとたん、心がふ~っと、解き放たれる開放感に包まれた



たぶん。

人って、お互いわからないことがあるから、

相手を思いやる心が生まれるのかなって。



恋愛の最初ってそうだもんね。


わからいことだらけで、

わからないことだらけだからこそ、

相手を知ろうと、

相手を思いやり、

どう返ってくるかもしれない返事を心待ちにして、

そうやって、一つ一つの「わからない」を埋めていく作業が、

とても楽しいんだね。


そのたび、

「へ~この人こんなふうに考えるんだ」

とか、

「こんなとき、こんなことするんだ」

って、


全く想定外の言葉や行動を、なんの抵抗もなしに受け入れられたはずなのだ。




それが、いつの間にが、

その人を知ったような気になって、

その人の全てを知り尽くしたと、勘違いして、

勝手に、

相手も、

自分の全てを知ってくれていると思い込んで、


自分の思い通りの言葉だけを正解にしてしまっていたんだろうね。



わからなくていいんだよね。


「わからなくていい」

「わかってもらえなくていい」

「自分と違っていい」


と思った時点で、寂しさや、辛さから開放される。


そうするとね、

その人を大切に思う心

ってのは、ちゃんと自分の心に残るんだよね。

杉のが、その大切な友達を、

今日も、これまでと変わらない思いで見つめていられるように。


わからないから、相手を知ろうとする。

わからないから、相手の心を想像しようとする。

それが、

相手を思いやる心。


そして、わかったのなら、

それをジャッジするのではなく、

ジャッジして、変えようとするのではなく、

そのまんま受け止めるのが、

この前の記事でも書いた、

人と戦わない方法 なんだろうね。


そして、


それが、大切な人を信じる方法。




ね、


旦那さんのことだって、

子供のことだって、

親の事だって、

大切な誰かのことも。



そう考えることで、

愚痴や、悩みになる前に、意外と解決できるのではないかな?




いやいやいやいやいや。

つーか、

そこで解決してしまうことなく、

どーか、

不満タラタラ抱えたままで、




愚痴聞き部屋お越し下さい。