55 引越しのトラックを見た | 身近な大人たちの疑惑

  数日後、約束した時間にトラックが横付けされると、圭子の全ての油絵と段ボール箱を載せていた。俺が壁に掛かる絵を取ると作業員が「壁に掛かる絵は、置いておいて下さいと言われてます」

 

俺はどうするか?迷った、お礼の気持ちなのかと? 結局突っ返す訳にもいかず置くことにして、トラックを見送った。

 

圭子との出会いは、妻との離婚の時だったので感謝していた。今、良美との出会いがなければ、別れに素直になれない。

 

 

そんな思い出を引きずりながら、石川宅にお邪魔すると「少しは庭もきれいになって、住みやすくなってくるね」

 

「引越しするんですか?もっと知って欲しかったな・・私のこと」

 

「え?・・」そうか、さっきの引越しのトラックを見たのだなと思った。俺が引越しするとでも思っているらしい・・絵描きの圭子の事は教えてないから無理もない。

 

上田は意地悪く話を逸らし「お母さんは?」

 

「ゲームに夢中、ボケなくていい」素っ気ない。

 

「そうだね、頭を使うからね」

 

しばらくして「お茶入りましたよ」母親が顔を出す。

 

「いつもすみません、いただきます」

 

「いいえ、こちらこそ・・男性が居れば、安心しますもの、この辺は家は建ってるけど、住んでる人は少ないようにみえるから」

 

「でも、坂を下りれば賑やかになりましたよね」

 

「そうですね。駅前の駐車場も車が増えた気がします」

 

「へー、停めることもあるんですか」と聞いていた。

 

「えぇ、最近・・」

 

「電車で出掛けるには便利ですね、長時間も置いておけるから」

 

「駅前でも無料、辺鄙だからいいことも有りますね」と笑う。

 

「泊まりですか」

 

良美から聞いていたので、驚くことはなかったが 「良美さんが1人じゃ寂しかりますよ」

 

「あ、それはいつも気にしてます・・ついついゲームに夢中になると時間を忘れてしまう。上田さんには、ご迷惑でしょうが、その時は家に居て貰えたら安心」 

 

その母親の露骨なお願いは、良美と2人っきりも公認されているようなものだった。

 

もっとも良美の30代なので、俺とは恋愛対象ではなかった。考えてみれば俺は、石川家ではどんな存在なのか。