「1月3日」「鳥羽伏見の戦い」心一つに國の平穏のために祈る | アリガトウ!開運369日ノ國史

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 「鳥羽伏見の戦い」心一つに國の平穏のために祈る

 

 

 

 

みなさん、おはようございます

痛ましい事件、事故が続きます

お亡くなりになられた方に

哀悼の誠を捧げます

今こそ心を一つにして

國の平穏のために

一人一人が祈りましょう

アリガトウ「1月3日」の國史です

 

「鳥羽伏見の戦い」

慶応4年(1868年)

 

旧幕府軍と新政府軍が

鳥羽・伏見(京都市南区・伏見区)で戦いました

戊辰戦争の初戦です

 

1853年、ペリーの黒船来航により開国が迫られる中

1866年、徳川慶喜は第15代将軍に就任

 

薩摩藩、長州藩を中心に倒幕運動が起こる中

1867年、大政奉還により

将軍が政権を天皇に返上した後も

慶喜は朝廷(天皇)から政権を委任され

政権を握り続けました

 

薩摩、長州は当然、納得がいきません

 

西郷隆盛は秘策である江戸での強盗等により幕府を挑発し

幕府は江戸の薩摩藩邸を襲撃してしまいます

薩摩藩と旧幕府軍との戦いの始まりです

 

二条城から大坂城に移っていた慶喜は

京都の封鎖を目的に

旧幕府軍を進める中

鳥羽、伏見で戦いは起こりました

 

旧幕府軍は1万5千に対し

新政府軍は5千

 

圧倒的に優勢な旧幕府軍は

わずか数日で敗れます

 

新政府軍が錦の御旗、錦旗(きんき)を掲げたのです

これにより新政府軍は朝廷軍となり

慶喜は江戸へ撤退したのでした

 

慶喜は水戸藩出身で水戸学を学びました

徳川と天皇の戦いになれば天皇につけ

と教えられたのです

 

天皇家には関わってはいけないと

慶喜が戦場から立ち去り

旧幕府軍は戦意を喪失したのです

 

ただし、この時の錦旗は

岩倉具視が作らせた偽物でした

 

下級貴族から成りあがった岩倉具視の

工作の一つだったのです

 

最後までお読みいただきありがとうございました

人の為と書いて偽

まずは自分を幸せにして

溢れた幸せを國に拡げましょう

今日も元気にハタラク(傍楽)

行ってらっしゃい

 

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