抱締める向かい風も
追い風に変わるとしよう
理解ってるさ明日の事も
ほら束の間の夢を見ろ
(GRAPEVINE「羽根」)
入口に近い特典会場、このご時世もあるのか解き放たれた出入り口、覗くは雨上がりの曇天、湿気、夏を押し付ける蝉の声。
佐藤めりに、FuMAに夏が来ていた。彼女の、中1年、アイドルとしては2度目の夏。
ようやくFuMA、本デビューと相成った。
眠れない夜も、涙で枕を濡らした夜もあったろう。
もう大人だから、レモンサワーで何もかも流し込んだ夜もあったろう。彼女の場合、本当につらいと酒も喉を通らないらしいが。
本デビューとなり、衣装はルナビスナップ時代のリメイクとなり、各々のカラーを潜ませた。
プレデビューの際はmaplez楽曲もやっていたが、本デビュー後、今のところはルナビ曲と新曲「UFORIA」だけで形作っている。なんなら持ち時間が比較的長い時などは新曲を最初と最後、2度もやっている。ならばルナビスナップでよかったのではないのか。まあ、振付などは跡形もないくらいガラッと変わっているし…。
めりな子は大変だったろうと思う。
ルナビスナップ時代は特異な楽曲群が目に耳についたが、振付の変更ゆえだろうか、そこまでの取っつき辛さも感じない。僕が慣れているだけかもしれない。
たとえばこの忌々しい時代が終わり、どこでコールを入れるのだと言われたら、入れられない。
しかし聞き流しても真剣に見ても、肩透かしを食らうような拍子抜けをするような楽曲群でもない。個人的には多少アルコールを入れて身体を揺らしながら聞き流すにはちょうどいいと思っている。そしてそこに適度にアイドルらしくなった新たな振付が加わる。新曲は一緒に踊ろうと呼びかけ、踊らせようとしている。そのような振付でもある。
一般的な地下アイドルとして、戦う準備がようやく整ったようにも思う。
そうやって無事に夏の前にまた佐藤めりが正式なアイドルになった。佐藤めりにとっては初めての夏である。また佐藤の姓を取り戻した佐藤にとっては、アイドルとしては2度目の夏である。
また今年も君のいない夏を送っている僕は、そこそこ真面目にその彼女のもとに通ってしまっている。
蝉の声が響く。今日も彼女はぽつりぽつりと世間話を語る。背が2センチ伸びた!この年でこんなことある?
メンバーの、半分は第一印象、半分は近況でも書き記す。いつか何年か後に大きく成長した姿と対比して、あるいは早々に消え失せるのであればその時に、最初はどうだったなどというありふれた昔話をするために。
・夢良瀬らむ
な子コネクション、ついに結実。
常にベリーローツインテール、今のところは壇上では口を真一文字に結んで、しっかりついて行っている。そんなに余裕がないようでもない。ただ笑うには至らない。
話すとまあ女の子。ぶりぶりというわけでもなく、あざとさもなく、ただ可愛らしい声でまだアイドルに慣れ切ってない様子をそのままにお届けする。
つまりは正しいアイドル1年生。これからちゃんとしがみついてアイドルをし続ければ、見違えるように変わっていくと思う。
わかりやすいフックがいくつかあるので、おっさんのをたくは釣れるのではないか。いたって無色透明なので、さあ、彼女をアイドルにするのはそこの君だ!
そして、たぶんこのグループを牽引するけれど豆腐メンタルな、な子の精神安定剤としてもうまく機能してほしい。彼女自身のメンタルの強さは知らない。
・蒼波ユウ
獲り損ねたボブを取り戻す。陣営の執念かただの偶然か。
そして新曲の初っ端、ど真ん中に据える。「ゆーゆゆーゆゆーゆー」と歌ってるように聞こえる最初(僕だけ?)、「ゆんゆん」らしいが「ゆーゆー」でいいじゃないもう、名前を連呼しつつど真ん中でデビューだぜ、新体制はこの子を真ん中に据えていくんだ、あの日逃した魚の復讐戦だ、あるいは2021年のあのちゃんギャルだ、お前ら踊れー!
まあなんでもいい、悪くないストーリーだと思う。運営の、彼女の、意図は知らず、勝手にそう思っている。新しいボブと共にFuMAがやって来た。
本人はただ目をなくして笑っている。へらへらと笑っている。ちゃんと歌って踊りながらただ笑っている。しけた顔をするより笑うのはいいことだ。そんな生真面目な顔をして演るような楽曲群でもない。
をたく対応もへらへらと笑いながら、しかしこちらはそんなに不慣れな様子も見せない。
どうなのだろう、きっと見つかるところに行けば人気も出るんじゃないかな。成り上がっても笑っていてほしいね。
・な子
相変わらずMCで引っ張るのはめりではなくな子だ。
今日も軽やかに重力がないようによく舞い、壇上で特典会で軽い語り口でよく話す。そして学業との両立に手を焼く忙しい日々の中で、時々メンヘラが顔を出し、凹んだり沈殿してみたりする。
ティーンエイジャーってこんなものじゃないかな。そうでもないかな。本人はたまらねえ、と思っているかもしれないけれど、これはこれで綺麗な青春じゃないかな。
まあ、ここまでたどり着いたからの、ようやくの綺麗な青春だろうけれど。
アゲインストからようやく戻ってきて、やっとアイドルを始められる、といったところだと思う。
もう後輩が2人もできたわけだが、アイドルとしては実質ここから、これからが楽しくつらいところだと思う。
うまくグループに軽やかさと推進力を与えてほしい。実質ネクラだメンヘラだと言ったって、今のところはそのような役どころを十全に務められる可能性があるのは彼女くらいなのだ。
うまく気持ちのアップダウンを飼いならして、アイドルを楽しんで戦ってほしい。
・佐藤めり
グレー担当なんだって。僕は白だと思っていた。イメージカラーがグレーのアイドルっているんだろうか。
めりは割合根性がある。そして負けず嫌いだ。誰の目にも見えるようなゴリゴリのメンタルではないが、静かにやり過ごしその中でひっそりと燃えているのは、思えばアイドルになってからずっとのような気がする。
先輩方に引っ張ってもらった見習い時代、アイドルどころでない風に吹かれすぎてただ耐えた時代、それらを乗り越えてついに自分の羽根を手に入れた。自分の力で思うように羽ばたき、空を飛べる羽根を。
佐藤めり、真のアイドルとしての歴史はここから始まるように思う。
見習い時代の教えが良かったのか悪かったのか、パフォーマンスに拘る心が芽生えてきた。はて、このグループ、そこだけで魅せるのではないようにも思うが、パフォーマンスはいかなるグループでも土台にはなる、改善し続けて悪いものでは絶対にない。
やる気もみなぎっているようだ。顔色も明るい。
(やる気出てきたよね?)
「85%くらい…?」
ステージ上で笑っている。ニコニコまではいかなくても、いつも笑顔を見せるようになった。
僕は彼女が初めてこのステージに上がったときから、笑えるようになった時が彼女の覚醒だ、歴史の始まりだ、ずっとそう思ってきた。
さて、始まった。
そして、彼女が前面に立って何もかも頑張ろう、そうしなくてもいいような、やっと仲間として頼れるメンバーがそろった。グループとしてああしようこうしよう、創意工夫、登っていこう、そんな意欲、アイドルとしては極めて普通かもしれない、でも普通であることの幸せ…普通をできるようになったのではないか。
たとえば前面にはユウを押し出したっていい。後方でめりがどんと構えていればいい。大切な時に頼れるめりであればいい。そういうキャラでもないというのもまたわかってはいるが。
やっとグループをワリカン出来るメンバーがそろったのではないか。
アイドルが楽しくなるのはここからだろうし、めりが真に花開いていくのもここからだと思う。
つまりはかのグループの後半を戦い抜いてきた、遅れてきた逸材が真に花咲き成り上がっていくのを見てみたい、彼女のポテンシャルを見てみたいだけなのだ。
僕がここに今なんとなくいるのはそういうことだけだと思うが、見るからにはどうせならいいものを見たいし夢を見たい。ようやく夢を見られる環境が整ってきた、楽しみにできる状況が整ってきた、そんな2021年の夏なのだと思っている。