8回目である。

当ブログで祝うことが。

最初のお祝い記事。

 

There's no better way to fly.

 

文章が若いね。

 

内山高志さん、牧田和久さん、お誕生日おめでとうございます。

前者はもうやめてから1年以上が経つのかね。そんなに真面目なボクシングファンじゃないから、彼の後にお気に入りの選手をまだ見つけられていないけれど。

後者はまだ向こうで頑張るようで。試合ほぼ見ていないから知らないけれど、幸運を願っています。

 

槙田紗子さん、25歳のお誕生日おめでとうございます。アラサーの世界へようこそ、笑。

 

君も年を取り僕も年を取り。

君は大人になり、世界をすさまじい勢いで拡大していく。

僕は相変わらず、さらに光も届かなさそうな深層で、をたくをしている。

そこに引きずり込んだのは君だ。2度目だ。最初より深い層だ。

 

アイドルの振付師として駆けずり回っている。

すっかりサコ先生である。

舞台の振り付けなんてのも今度するらしい。ドラマの中でのアイドルの振り付けは既にしていてついでに出演もした。

写真は変わらず撮っている。売り物にもなっている。

変わらず撮られてもいる。こちらも売り物にもなっている。どちらの売り物も買った。撮られているほうは壁に飾ってもいる。これは飾るものは変えても、飾るという行為自体は変えていない。

僕の話が混ざり始めた。君のことか僕のことかわからない、悪文である。

 

たまに話す機会があったりする。なかなかの上納金を毎月求められる、Facebookベースのファンクラブ絡みのことがほとんどだ。

君は君の仕事に関しては明確なビジョンが見え、順調に何本もの道を進んでいるけれど、ことファンクラブに関してはどうすればよいのかさっぱりわからないようで、いや、そんなような迷いをこの間のファンクラブの会合で語っていた、だから知っているのだけれど。

要らぬなら辞めてしまえばいいとも思うし、どうせ内容がなくたって続ける人は続けるのだからこのまんま緩く存在させてくれればとも思う。

明確な君の意思に基づいて、辞める、続ける、拡張する、決めていけばいいと思う。君だけのものではないのだろうから、なかなかそうもいかないのだろうけれど。

 

興味のあることへの鋭さ、妥協のなさ、それ以外への緩さ、わがまま、お嬢様、別に変わっちゃいないとも思う。

その一方で、すべてが成長した、大人になったとも思う。

不安定になることはとにかく減ったと思う。去年から今年にかけ始まった話ではないが。

心配はしなくていい、それは確信している。もう心配しなくていい。

 

また君の振付しているところにはめられてしまった。

ASTROMATE。

ここにお金を使えば君にも届くのだろうか。

そんなことを思ってここを見て、金を落としているわけでもないけれど。

 

今はすべては習作だと思っている。

君が僕に語ったことが真実で、未だにその思いを抱き続けているのだとするのであれば。

そんなこともないだろうと感じていたけれど、ここ1年くらいの発言を聞いていると、真実である気も、抱き続けているような気もする。

10年のうちには君のアイドルグループを見られているのだろうか。

そんな先までをたくをやっていたくない、温泉宿と寿司に生きていきたいとも思っているけれど、君がアイドルを作るのであれば見てしまう気もする。

10年後なんてわからない。君にすっかり反応しない人生を送っているかもしれない。

 

公開される頃にはサコフェスが終わっているんだろう。

特別企画があるとはいえ、持ち時間15分は厳しいね、と思う。君に興味のない、特別パートに出てこない子のをたくからすれば、ただの持ち時間15分、割高な対バンで。

元アイドルだからをたくの心がわかるなんてこともない。そんなこと思われるという頭もなかったのだろう。

2回目があるのだとすれば、土日にもっとのんびりやってほしいなと思う。

もちろんさこ推しにとっちゃいい内容なのだけれど。

きっと僕は楽しかったと言っているのだろうけれど。


※ここだけサコフェス後に書いている。

とても楽しかった。

だから見せ方をもう少しうまくしてほしいということは思う。

他のをたくの感想も聞きたいとも思う。楽しんでもらえたのだろうか。

 

こんなことを言うから相変わらずうるさいをたくである。もうさほど言うこともないのだけれど、それでも言いたいことは言う。

それで別に君が意見を聞く必要もない。そんなような感覚のまま、もう8度目のブログである。

君にしているように他の子にしていいというものではない、というのも先日学んだ。適度に(僕としては)波長も合ったし、をたくとして君に育てられた部分も多分にあるし、まあ少なくとも僕の人生の中ではなかなかに大事な人の一人だろう。

ありがたいことだ。

 

今はまだ君の苦闘とその成果物を見ていたいと思う。

すべてを見ようと思うほどの情熱はないけれど、とりあえず君が何をするかにはアンテナを張っておいて、興味を惹かれるものがあれば見ようと思うし、それで面白いと思えば続けて見ていこうと思う。

そしてとても面白いと思ったものには、君も関わり続けてほしいと思うし、そうけしかける機会があれば、けしかけようとも思う。

 

つまりは槙田紗子のいる暮らしが続いていくわけだ。

2018年11月10日、君が25歳になる日の僕は、まだそう思っているわけだ。