ごく一般的な演劇の話です。


劇作家にとって「いい役者」とは、自分の書いた台本の世界をそっくりそのまま再現してくれる人の事だと思います。演出家にとって「いい役者」とは、自分が作り上げたい世界をちょっぴり裏切りながら再現してくれる人の事だと思います。観客にとって「いい役者」とは、普段自分が生きている退屈な日常とは別の世界を再現してくれる人の事だと思います。


役者にとって「いい役者」とは、劇作家、演出家、観客の3者のうち誰の世界を最も再現したいのかを知っている人の事だと思います。


あまりに強引な言い方ですが、恋愛は、自分が「いい役者」にならないと始まらないんじゃないかと僕は思います。そして、相手にどの要素を1番求めるかによって恋愛の形態が決まってくると思うのです。大概の人は(僕もそうですが)、自分の中の劇作家と演出家の要素が強過ぎて、相手を疲れさせてしまう気がします。とりあえずは、観客になってみるのがいいんじゃないでしょうか。


ごめん、ちょっとカッコつけすぎた?

もし、お前にアドバイスっぽいことを言えるとすれば、こんなもんじゃわ。


年下の友人へ    


                              ありより。

「あなたがしたい事を、一言で答えてください。」


と聞かれたら、


「何もしたくない。」


と答えるしかない。


「何もしたくない人間が、何故、表現活動をしているのですか?」

「自分では、表現活動だとは思っていません。」

「自分で楽器を考案して、寺や神社で演奏することは、表現ではないと?」

「はい。あれは、単なるため息です。自分の力ではどうしょうもない事があまりにも多すぎて、僕は、度々、ため息をつきます。でも、僕のため息は臭すぎるので、他の人にきかせると、迷惑になります。しょうがないので、ため息を作品と名付けて、寺や神社に奉納する事にしました。」

「神仏に、そんな、排泄物のようなものを捧げていいのですか?」

「では、祈りと呼び方を変えましょうか?」

「祈りと排泄物が同義語ですか?」

「どちらも、無い方がいいという点において。」

「・・・・・・詭弁ですね。」

「はい。僕のため息は臭すぎるのです。」



もともと、このブログはみんなに楽しんでもらうために書いているから、こんな事は書たらいかんのは、よくわかってるけど。俺は、大声でこう言いたい。


全ては金儲けのためにやっているのだ~!


と。


そう言えば、みんな俺を許してくれるだろうか?


異常なまでに、お金で買えないものに執着する俺を普通の人だと認めてくれるだろうか?



それならば、俺はいくらでも言う。


この、孤独から開放されるならいくらでも言う。


俺は、金のために生きていると。



・・・ごめんなさい。明日からはちゃんと唱玄さんになります。