自分研究ブログ
人並みにご飯を食べることに抵抗感がある私にはそぐわない気がしてしまう食べること、栄養を摂ること生きることに必要なことそれが自分にはそぐわないことって自分には生きる価値がないと遠回しにずっと思ってきたのか今さらながらそんなことに気づいて奥の方から発せられるズキズキとした痛みを感じた。摂食障害になると食事をまぁ…生活するのに困らない程度にまともにできるようになることをひとつの目標にします。こないだも睡眠バージョンで書いたけどまともに食事できるようになることが目的ではなく本当に欲しいのは自分が叶えたいことを叶えられること望む人生を選び歩めることそして喜びや幸福を味わうこと私にはその価値があるとゆるし認める私自身はそう理解できなくてもそういうものらしい祝福は1つの望ましい結果を出した人、手に入れた人に対して向けられるものだと思っていたけれど何かを手にしていようと、いまいと人は祝福されている存在なのかもしれない存在自体が祝福されるに値するというかうまくいえないけどいろんなことを癒していたらそんな気がしてきたんですどこに行き着くのかわからないけどそれはあとでわかるから今はとりあえず進め って(KREVA様の曲)背中を押されてる今日この頃です
最近まで私はたくさん眠りたい目覚ましもかけずただただ本能のままに眠りたいと思っていました。今も思ってる♡だけど、たくさん眠りたいはあくまで手段の1つであって本当の願いではなかった。本当の願いは・元気で過ごしたい!・健康とか睡眠不足とか気にせず、やりたいことを思いっきりしたい!・1日1日を楽しみながら、満ち足りた気持ちで過ごしたい!だったことに気づく。寝たいだけ寝れる環境がありながら、うまく寝れなくてモヤモヤするわけだ〜明日はドキドキする予定が2つあります💓準備だけちゃんとして肩の力を抜いて行ってきます😊
読み終えました。・お金自体に価値はない・お金で解決できる問題はない・みんなでお金を貯めても意味はないお金にまつわる3つの謎を解きながらお金の真実を学んでいく内容。きみのお金は誰のため―ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」Amazon(アマゾン)「錬金術師」と呼ばれるお金持ちのおじさんとの対話ベースで話は進んでいく。お金・働くことへの見方が変わったしお金の向こう側にあるものを意識したら心がポカポカ温かくなった。最後はなんかウルっときちゃったよ。2024年、さっそく良い本に出会えたー。もう一冊お金に関する本を読んだのでまたこちらでシェアします🥰以下は巻末に載っていた参考文献。自分のメモ用に🥰14歳からの社会学―これからの社会を生きる君に (ちくま文庫)Amazon(アマゾン)我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上 アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか (文春e-book)Amazon(アマゾン)世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学 (NewsPicksパブリッシング)Amazon(アマゾン)WE ARE LONELY,BUT NOT ALONE. ~現代の孤独と持続可能な経済圏としてのコミュニティ~ (NewsPicks Book)Amazon(アマゾン)13歳からの地政学―カイゾクとの地球儀航海Amazon(アマゾン)おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密Amazon(アマゾン)お金のむこうに人がいる――元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた 予備知識のいらない経済新入門Amazon(アマゾン)
ご無沙汰しています。ブログ書いては下書き保存…の繰り返しをしていて気づいたら年明けてた!私は新年早々これから頑張ろうと思っていた仕事がひとつお終いになりまして悲しかったり悔しかったり何なんって思うところもあるけれども生活していくにはやっぱりお金が必要で次の仕事を探し中。今はのんびり珈琲飲みながら過ごしてますけどなかなか焦ってます。こういうとき、生活防衛費蓄えとくといいんだなぁと身をもって感じる。これまでは両親の経済力で誤魔化されていたけど私1人の世帯だとしたらマジ貧困。社会の底辺よ。しんど。向き合ってこなかったことのツケを感じる。そもそも生理的欲求さえ自分で満たせてないのに一人前の社会人になろうとすんなよって言葉にグサッときた。キラキラするために仕事する、稼ぐんじゃなくて生活するために稼ぐことを認めてあげなーとも言われた。この言葉をどう受け取ってこれからの人生どうしていきたい?って考えている。明日はいちおうもうひとつのお仕事。うんざりしてた場所だけど今はありがたく感じます。目の前のことをひとつひとつやっていくしかないんだな、とも思いました。最近読んでる本。お金について知りたい欲が出てきたのが、ちょっと嬉しい。きみのお金は誰のため―ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}お金のむこうに人がいる――元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた 予備知識のいらない経済新入門Amazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}
先週は、こんなことあるんだ…って感じで色んなことが重なって、(色んなことと言っても2つなんですけどね。でも重大なことが2つ)そのときは、もうほんと、こんなことがあるんだなぁと思ってその時できることを、ただやるしかなかったのだけどひと通りのことが、とりあえず落ち着いてボーッとする時間ができてそのとき受けたショックだとかダメージだとか、感じてる暇がなかった感情とかを、ようやくしみじみ味わったり吐き出したりできるようになって回復するための作業が始まったように思います。なんかでも、人生に何度もあることではない出来事がいっぺんに来たので、ほんとうにまだ疲れててでも今日からまたお仕事で大丈夫かな、仕事なんてできるのかななんて思ったのですが会社に行ったら、まぁなんとかなりました。遅れて行ったし、今日は忙しくなかったし。(もしかしたら、事情を知っている方が、私が忙しくならないよう調整してくれたのかもしれません。感謝)仕事なんかできるのだろうか、休んだ方がいいのではないかと思いながら出勤したのだけど、ほどほどに、仕事を与えられてる状態がなんか、ありがたいなぁと感じられた。思えは、先週あった「色々」は自分たちの力じゃどうしようもない、こと委ねるしかない、受け入れるしかない、という状況ばかりで自分たちの無力さを(知っていたけど)あらためて認識するしかなくてそういうダメージもあったのではないか。そして、今日会社に行って仕事を与えられて、それをこなすことは、この世の中には、どうしようもないこともあるけど、自分にできることもある、ということを思い出させてくれて、それがまた生きる力になっていく仕事にはそんなセラピー的な側面もあるのかぁー!自分の置かれた状況によっては!と新鮮な発見をした気分!先週から「こんなことあるんだ」がキーワードになってる気がする。ほんと、生きてると想定外のことってどうしようもなく起こるんですね。良いことも、そうでないことも。先週は、そんな体験をどうしようもなくさせてもらったので、これを機にいろんなことを分かった気にならず、驕らず、腐らず、勝手に決めつけずやっていこうと思いました。そんでもって、せっかくなので、嬉しい気持ちがふんだんに含まれた「こんなことあるんだ」にこれからたくさん出会っていきたい。とも思っています。
今日は近所のドラッグストア(かつてのバイト先)に行って、食料品を買い込んだ。豆腐ともやしと冷凍餃子とそして、チョコチップクッキー。チョコチップクッキーはいろんな菓子メーカーのものを複数買った。ブルボン、森永、イトウ製菓、あとちょっとマイナーなところの。たくさんチョコチップクッキーを買い集めたい衝動は数日前からあった。だけど、数日前はそんなにチョコチップクッキー買ってどうすんのよと思ったから買わなかった。でも結局今日買った。チョコチップクッキーを複数選びカゴに入れる自分をそして、たくさんチョコチップクッキーが入った買いものかごを見てふと、クッキーモンスターかよと思ってなんか笑えてきてしまった。普段使ってる歯ブラシも一緒に買った。チョコチップクッキーって食べると、めっちゃ歯に残る感じがするから、矛盾を感じた。
先日の仕事終わり、ふらっとひとりで近所の公園に夜桜を見に行ってきた。数年ぶりの夜桜ライトアップ。雪洞の形をした提灯が連なってて、なかなかいい雰囲気。ピンクの桜をピンクの提灯が照らしてたよほどよく人もいて、元気に走り回るお子様たち(子どもって夜も元気なんだね笑)レジャーシートを敷いてしっぽり飲んでる人たち写真撮りつつ楽しむ人などなど…それぞれ、ゆる〜っと楽しんでいる空気感も味わえて、来て良かったなぁと。この公園の桜、大人になってからは家からも咲いてるの見えるし、わざわざ行かなくてもいいや、って感じで毎年家の窓から眺めるだけだった。でも、少し離れたところから眺めているのと現地に行って見るのでは同じ、桜を見るだけど味わう経験が全然違うんだなぁって静かに感動した夜だった。提灯が雪洞の形でピンク色なことも光に照らされた桜がどんな色をしているのかどんな人たちが夜桜を見にきているのかどんな雰囲気なのか遠くの窓から眺めてるだけじゃわからなかった。(近くで見るまで赤提灯ぶらさがってると思ってたし笑)きっと、私の人生これまでもこういうことが多かったんだろうな、と思った。遠くから眺めて、わかったつもり知ったつもりやったつもりになってこの肉体をもって経験する機会をたくさん見送ってきたのだろうと。なんかまだうまく言葉に出来ないけど高みの見物でわかったつもりになってないで気になったら素直にそっちに行ってみるのもいいよね😊得られる経験値がレベチ!という発見?思い出し?の記録でしたひきこもりつつも気になる気持ちも尊重してちょっとずつ現場に赴いていこう!「せっかくに自由に動ける肉体を持って生まれてこれたのだから」少し前に聞いた、素敵な女性の言葉がじわっと細胞にしみわたる感じ。
久しぶりに美容院で前髪切られすぎてすごく凹んでおる。。おでこ狭い+直毛だから短くしすぎるとツンツンして浮いてなんか…とにかく変になるんよ。通ってるところなのになぜこうなった。前髪長くなっても目に入ってしんどいし短くしたらしたでほんと無理だし。サイドとのつながりのラインもなんか微妙で、あんまり人目につきたくない気分だ。今回、前髪伸ばすの大変だとかサイドがメガネに当たってハネるのが嫌だとか色々普段思ってること言ったんだけど、きっと対処しようとしてくれた結果なのよね…あんまり細かいオーダーは伝えずに、全体的にいい雰囲気にしてもらえればもう、それでいいですって感じかも。早く前髪伸びてほしいあと次行く美容院どうしよう。今までなんかいい感じにしてくれてたから通ってたわけだけど今回のこと伝えて、以前のように切ってもらえればいいのかまた別のところに行ってみるのか。とりあえずあと1ヶ月は美容院行かないだろうからその間に決めればいいか。はぁ、めっちゃ憂鬱だな。
昨日、コーチングを受けました。12月に参加したワークショップのフォローアップとして。近況報告しつつ、こう思っているんだけど、どういう基準で選んでいいかなぁという感じの相談をした。結局食事と体力の改善のはなしになったのだけど耳が痛いったらありゃしないよ〜つら。なんかタンパク質が圧倒的に足りてないので終わらないようなんだよね、過食嘔吐。藤川先生の本とゆでたまごメーカー教えていただきました.…ニワトリの形のかわええ〜ああ、でも同じタンパク質摂取するならプロテインのが薬感があって抵抗ないかもなぁとコーチング後ノート書いてて思いました。ゆでたまごの殻むくの好きじゃないのよ。ゆでたまご1個でタンパク質6.8g1日3個から始めようとのことなので6.8×3=20.4g1日5個まで増やすのを目標6.8×5=34gプロテイン20.4gからなら始められそうな気がする。。食生活の改善ってすごく避けて通ってきたことだしいまも頑張りたくないなぁと思うところはある。けど、地球は行動の星という言葉が最近読んだ本の中で、すごく頭に残っていてどんなに心がキラキラしても体が追いついていかないとどうにもならない、ということにアラサーになってから気づき始めて…実際、行動するのは体さんだものね今まで栄養と睡眠不足なのに無理させてごめんねで、うまくいかないことで自分を責めてごめんねちょっと今までの自分の無謀さに気づいてびっくりしたりするわけですよ。もったいねぇことしてたなぁ…とも。底に穴が空いたバケツにお金を注ぎ込んでいるようなイメージよ…体が資本ってほんとよねぇと思う今日この頃どちらが欠けてもうまくいかないんだよねなんかわきあがってくる栄養を摂ること・食事することに対する抵抗感ともう色々降参してあきらめて楽になりたい気持ち(もう摂食障害はいいや、健康になろうって意味です)との葛藤に脳がわちゃわちゃして色々書いた
この冬は、牧野富太郎先生の本を読みたいと思う。牧野富太郎植物画集Amazon(アマゾン)1,633〜4,785円植物記 (ちくま学芸文庫)Amazon(アマゾン)419〜3,190円4月からの朝ドラも楽しみだな〜牧野先生がモデルになった話で神木隆之介くん主演とか!!!私得でしかない。
あけましておめでとうございます。東京から遊びに来てた4歳の甥っ子が、ただただ可愛くてニッコニコなお正月だったことをご報告します🥰少し会わない間に「し」の音を発音できるようになってて私の名前を呼んでくれるようになりました☺️✨(これまではママの妹って呼ばれてたよ。それはそれでかわいいかったぁ。叔母バカが止まらない。)言葉自体が以前よりしっかりしてきてお話もたくさんしてくれるようになりました。パパ(姉の旦那さん)の実家でおもちゃの車をもらって嬉しかったこといとこ達と仲良く遊んだこと楽しかったことなどなどそっかぁ、そうなんだねぇ良かったねぇなんて私はニヨニヨしながら返すとさらにそうなんだよぉ〜って言うのが可愛いすぎてたまらんかった💖😍😍嬉しかったなぁ〜。姉とは険悪とかではないのだけど仲が良いわけでもなくでも、自分が正しいみたいなブレなさ(実際間違ってはいない)がずっと苦手で嫌なこともまぁまぁあったからひとりっ子が良かったーって思ってしまう時期もあったんだけど姉がいたから私はこんなかわいい甥っ子に会えたんだなぁとふと思って。姉のことも、自分が生まれてきた家族のことも心のあるべきところにおさまってきている感じがとてもうれしくほっとする。なんだか心がポカポカとしたお正月でした。
12/25(日)クリスマスですね。昨晩は12時過ぎにはベッドに入って好きなラジオ番組の聴き逃し配信を聴いてそのまま朝までぐっすり。湯たんぽあったかかった目覚めて、なんだかすごく久しぶりに枕元にプレゼントが置かれていないか確認してしまいました…もちろん枕元にプレゼントはないのだけどサンタさんがきてくれてたころの純粋で透明な心の感覚を起き上がるまでの少しのあいだ、思い出すことができました。昨日のイブは彼とデート。朝、車出せるかなぁ大丈夫かなぁと思うほど雪が降り積もっていたけれど、午後にはすっかり溶けていて待ち合わせを少し遅らせて無事会うことができた。プレゼント交換してゆっくりお茶して過ごしました。「おおきく振りかぶって」1年半ぶりの新刊が出てたので、前巻と併せて読みつつ(連載開始時には年上だった彼らはまだ16歳のまま。最終回までどうか見届けたい)ときどき彼の読む「スラムダンク」をのぞき見ては桜木また無茶苦茶してる、怒られてる、とか思ったり安西先生をプニプニしたくなったりしてた。この日は彼も私も体調がイマイチで食事はせず解散。今年会うのはこれで最後。今年も一緒に過ごせて良かったよありがとうまた来年もよろしくねなんて言い合って交換したプレゼントを抱えてそれぞれ家に帰った。今年も1年、なんだかんだ彼といた。結婚したいことはお互いになんとなく確認したのは、もう1年前のこと。時間が経つほど、私は彼と結婚したいのか?結婚したいのかわからない状態で付き合いつづけていいのか?なんて会わない日が続くと気持ちが揺らぐのも事実。でも来年もなんとなく一緒にいるのかなぁ。なんて考えた。話は今朝に戻り角田光代さんの「それもまたちいさな光」を読了。角田さんの作品は初めて読むのだけどクセのない文体でスッとこちらに入ってくる。終わり方も美しかった。内容を思い返して、自分の人生について、彼との関係について落ち着いて考えたくなるようなときめきに振り回されにいきそうな自分に喝を入れてもらったような感覚に。尊いものって、ときめきの中にしかないわけではなく。日常の一見、地味でつまらない当たり前にあって見落としてしまうところにしっかりと含まれてていかにそれを取りこぼさずに…というか取りこぼしても、立ち止まって掬い直せるか、が30代以降大切になってくるのかも。なんて思ったり。(まだ思っただけで腑に落ちてはないけど時々思い出したい)相手をおかしくしてしまうほどに不思議な吸引力のある魅力的な人はその時々で誰かしらを惹きつけて離さないのだけど結局は誰とも結ばれることはなくていつも心の奥底ら飢えて渇いてしかたないのかもなぁとかも思った。角田光代さんの本、たくさんあるから他のものも読んでみよ。それもまたちいさな光 (文春文庫)Amazon(アマゾン)503円
12/22(木)今日も2がならんでて可愛いな先頭の1もスッとした存在感が全体を締めてていい仕事してるね。うん。(なんの話してるんでしょうか)今日は仕事休み。日中家でゴロゴロして夕方から近くのショッピングモールへ。クリスマスプレゼントを探す。閉店間際までウロウロウロウロして何とか準備できた。ここ数年、毎年思うのだけど私のプレゼントって中身以上にラッピングが立派になってしまう。渡された瞬間、買った本人さえデカッ!って思う。実際中身はラッピングの4分の1ほどのボリュームである。プレゼントが用意できたこと、お店のお姉さんが丁寧にラッピング&応対してくれたことにホクホクしつつ(素敵なお姉さんだったなぁ)ラッピングが立派な件自分自身がそうなのかも(体裁ばかりで中身が伴ってない)、とかめっちゃ自己卑下な考えがふっと浮かんで消えた。悲しプレゼントは彼に贈るもの。24日に会う約束をしている。彼とは先月で付き合いはじめて5年経ったのだけどいまだに彼のことあんまり知らないかも、ってプレゼント探しながら思った。何を贈ると喜ぶのかこれはいるのか/いらないのか贈ったところで邪魔なだけではないのかあと、彼はいま実家でお母さんと2人暮らしなんだけど家で使うもの贈ってもお母さんの好みもあるしお母さんがどう思うのかしら何か言われないかしらとか考え始めてしまって。クソめんどくさ!って心の中で1人静かにキレてしまった。。まぁでも良いのではないでしょうかという感じのものを用意できたので。良しとしましょう私はワクワクしながらプレゼント選びたかったのだけどそうではない感情がムクムク湧いてくる感じだったので現状、そういうワクワクしながらプレゼントを選ぶいろんなゆとりがないようです疲れてるのかな。でも一生懸命選んだのも本当なのでプレゼント喜んでもらえるといいなって思う。picは記念日に行った水族館でパシャリ。主(ヌシ)感がすごいねぇっとか言いながらしばらく眺めてた。水族館でも彼は私のペースに合わせて回ってくれたことに今きづく。深い海のブルーはひいおじいちゃんを想う色。
12/21(水)数字の並びが好きな日。12/12も良き。1と2が好きなので…今月はここ数年のなかでも、なかなか行動的な1ヶ月だった。数年ぶりに東京に行ったりもしたyo!とあるワークショップに参加して、ちょうど同日、甥っ子の誕生日だったから帰りの新幹線に乗る前に姉家族のお家に寄って父母から預かったお祝いやプレゼントを渡してきた(姉家族は旦那さんが転勤族で、いま東京に住んでいる)中央線沿いの、なんでもありそうな街のマンション。エントランスでインターホン鳴らしてエレベーターに乗って姉たちの部屋がある階へ。姉と旦那さん、旦那さんに抱っこされた4歳になったばかりの甥っ子が迎えてくれた。歓迎の雰囲気を感じて、嬉しい気持ち。姉は、はじめて見る表情だった気がする。とても普通に真っ当に生きてきた姉が怖くて姉のようにできなかった自分に謎の罪悪感があってずっと、なんとなく避けてきた。実家に帰ってきたときは、普通に挨拶するのだけどなるべく顔を合わさないように、会話しないようにしてきた。だから姉家族とは特別仲が良いわけでも、悪いわけでもない。だけど、3人の姿を見たらホッとして、心がぽかぽかした甥っ子は少し前から「ママの妹(私のこと)に会いたいなぁ、ママの妹可愛いから!」と、なんとも嬉しいことを言ってくれてたようで。だからといって、じゃれてくる距離感でもなく。だけどその日、私の姿を見て嬉しそうに、えへっえへへへへと笑ってくれた。姉の旦那さん曰く、めっちゃ喜んでいる、とのことで可愛すぎて私もニヤニヤが止まらなかった。プレゼントを渡してその後しばらく、リビングでお茶を飲みつつ雑談。甥っ子は誕生日プレゼントにもらったシンカリオンの組み立てに夢中だった。お姉ちゃんにお茶を淹れてもらって、もてなされる(?)のがなんか新鮮だったなぁ…あと、自分にはお姉ちゃんがいるって久しぶりにあたたかい感覚を味わうことができて。会いに行って良かった。
新海誠監督の新作すずめの戸締まり観てきました💓なんかもう胸いっぱいジブリへのオマージュを感じたり見えない力によってふだんの何気ない生活、私たちのいのちが守られているんだなぁ、とかそれってすごく愛だなぁすでにみんな等しく愛されてるんだ…そんな世界を見せてもらった感覚。。胸が痛むシーンもそれなりにあるけれど、ぜひおすすめしたい映画!また観たい❤️
秋の花言葉診断をやってみました。 中学生のころしおん という名前で ブログをやっていたので診断結果をみてわぁ!ってなりました☺️しおんの頃は摂食障害のことを主に書いてて同じ悩みを持つ子たちと、やり取りしたりもしてむき出しの素直な心で自分の気持ちを文字にして人と繋がれていたあの頃。同い年の子や少し年上のお姉さんとも交流があった。あの感じって今はもうほとんどない。大人になるにつれて知識をつけていくにつれて心のやわらかいところを守りながら、隠しながら生きるコツを掴んだ。それは自分を生きやすくするために必要だけど同時に素直な心との繋がり弱く弱くなってしまったなぁってすごくさみしく感じます。みんな病気のことなんかすっかり忘れて幸せに暮らしてたらいいな。私はみんなのこと、覚えてることも忘れてしまったことも色々あるけど病気とはまだ縁を切れていません。摂食障害に理解のある人からはもうすぐだよって言われるけどもうすぐがとても長いです。
10月2日(とーふの日)は、誕生日でした😊ここ数年は、誕生日やその前日に私が生まれたときのこと、私がお腹の中にいたときのことをお母さんに聞くことが好き。私は予定日より2週間早く生まれてきて、小さめの赤ちゃんだったらしい。だんだん寒く、風邪も流行る季節になっていくからこの小さな赤ちゃんを病気にしないように、ってすごく心配で、お母さんはしょっちゅう石鹸で手を洗っていたら、手が荒れちゃったんだよでも、よく寝る赤ちゃんで、夜通し寝てくれたから親孝行だったね生まれた時は小さくて心配だったけど、そのあとはすくすくと成長してくれて本当に良かった☺️毎年こんな話を、お母さんは嬉しそうに、でも、それが表面に出過ぎないように話してくれる。毎年同じ話なのだけど、自分が大切に育てられたこと、大切ないのちであることを思い出せて、心が落ち着く感じがするから聞いてしまう。それに、毎年、私の感想も違うような気がする。去年どんなことを考えたかは、思い出せないけれど。今年は、私を病気にしないか心配で手をたくさん洗っていたお母さんに、お肌に優しいハンドソープとハンドクリームをあげたいな、と思った。
【夢日記】最近、彼はデートでよく、某百貨店の同じフロアにブライダルサロンがあるカフェへ連れてってくれる。私が大好きな季節のパフェを注文すると、しばらくふらっと席を外し、私がパフェを食べ終わり、彼の頼んだコーヒーが冷めてしまった頃に戻ってくる。同じことが、これで3回目だ。彼と私は、付き合って5年目。私は立派なアラサーで、結婚適齢期。彼ともお互い、結婚の意思があることを確認し合っている。が、プロポーズや具体的な話はまだ。そんな条件が揃っていて、このカフェに来ると、彼はいつもトイレが長いわねぇなんて思うわけがない。私がパフェを堪能している間、彼はブライダルサロンで打ち合わせ的な何かをしているに違いない…!直感で、そう思った。しかし、私には気がかりなことがあったこのフロアのブライダルサロンには、公開プロポーズコーナーなるものがあるのだ。ブライダルサロンって、普通2人で行くものじゃない?例のプロポーズコーナーでの、サプライズを企ててる人以外は…なんて、考えを巡らせていると「恐れ入りますが、こちらに来ていただけますか?」と、スマートな出立ちで、いかにも百貨店の従業員といった感じの男性に声をを掛けられた。(現実でいきつけのカフェの店長さんだったさすが夢である)呼びかけに応じて、席を立つ私。カフェを出て、お手洗いに寄り、通路を歩きながら男性従業員に尋ねる。ブライダルサロンに、こういう男の人(彼の年齢と着ていた服などの特徴を伝える)いませんでした?男性従業員が「はい」と答えてすぐ、到着したのは、やはりブライダルサロンだった。公開プロポーズコーナーは白い照明で輝いていて、眩しい。気づくと私は、公開プロポーズコーナーに立っており、目の前には白いテーブルクロスが敷かれた長テーブルを囲んで座る知らない人々がいた。全員こちらを見て、拍手をしていた。そこへ、彼が私の目の前にやってきて、プロポーズの言葉を伝えてくれた。そして、ティファニーブルーの箱がパカっと開き、中身のシルバーのリングがきらりと光る。拍手の音がさらに大きくなる。うわー!!!!めっちゃプロポーズされとる!!!!早く返事を言わなければと思うのだが、なぜか言葉が出てこないそれは、感極まって…もあるのだが、公開プロポーズという場に対する、なんとも言えない感情が押し寄せてきたからだ。彼からのプロポーズ自体は、すごく嬉しいのに…・こんな大勢の人がみてる中じゃ、YESって言うしかないじゃん・外堀を埋め固められてる感がめっちゃイヤー😭😭😭そう!私は、公開プロポーズというシチュエーションが心の底から気に入らなかったのである!!しかし、公開プロポーズを企画・実行した彼を責める気持ちは一切なく「そういえば、彼に理想のプロポーズシチュエーション共有してなかったもんなぁ…」と、冷静に考えていた。そして返事をする前に、目が覚めた。安定の夢オチである。「彼に理想のプロポーズシチュエーション伝えておかねば…」目が覚めた直後、心からそう思った。-完-
今朝、レコーダーの録画(新テニスの王子様)を観ていたら、なぜか結婚の1番いいところは、結婚さえすれば幸せになれる、という幻想から抜け出せることという言葉を思い出したことをご報告します😌誰の言葉だったかなぁたしか、ホンマでっかTVに出てた、学者先生か離婚弁護士の方が言ってた気がします。個人的な経験からですが、○○さえ、手に入れれば幸せになれる!人生うまくいく!と考えているときは、結構視野が狭くなっていてあまりよろしくない状態だと思うのです。そんな時は、その○○さえ、の○○がないと幸せになれない、人生終わってると思ってしまう自分と向き合うのが先だよなぁと。それに、結婚して幸せに暮らしている人たちって結婚したから自動的に幸せになった、というよりは幸せに暮らせるよう、ちゃんと意欲的に行動しているんじゃないかなぁ。少なくとも、私の知る限りでは、そう見えます😌誕生日まで、あと10日くらい。年内に結婚は無さそうでこの先どうなることやら、という心細さと今すぐ結婚って自分の状態(病気の改善具合など)考えると現実的じゃないし、焦らずいけばいいよ😊って感じとで揺れてる感じの9月の朝です。
今朝、ある話をきっかけにわたしは、「親から無条件に愛されている」という感覚を貰いたかったんだなぁと思った。ほんとそうだなと思う記憶がある。それは、中学3年生のころ。蒸し暑い6月か7月だった。拒食症がどんどん酷くなって食べ物はおろか、水分も摂ることが出来なくなってしまった。点滴でなんとか生きている(生かされてる)、という感じだった。入院して○○㎏になるまで退院させられません、と主治医に言われた。その時、強く思ったことを覚えている当時のことの殆どは、ふわふわと夢のように曖昧にしか思い出せないのだけどそのとき思ったことだけは、しっかり覚えている。なんで、私は無条件に許されないのだろうなんで、ただ生きているだけでいいと言ってくれないのだろう親をはじめ周りの大人にすごく怒りを感じていた。入院治療によって痩せという、心の拠り所を奪われることに対する抵抗感から、そんな言葉が浮かんできただけなのかもしれない。だけど、中学生の時点で、そのままの私では、存在する価値ないという思いが、常日頃どこかにあったから健康や年相応の楽しい生活よりも、痩せることにこだわって拒食症になったわけで。そんな、しんどい思いを抱えて生きてきたからこそ、ただ、自分を丸ごと(病気だろうと/健康だろうと)認めてもらいたい、という願いが心の奥底にある。それは、命の営みとして、とても自然で健康なことなのではないか。(表面的には病気だったとしても)そして今、(30歳11ヶ月、来月誕生日やん!)「親から無条件に愛されてる」「自分は無条件に愛されていい存在だ」という安心感はあるか、と聞かれたらYESと感じることもあればNOと感じることもあるアリ寄りのナシ?ナシ寄りのアリ?うーーーん正直、よくわかんないっス!という感じ。(長)あーーでも、ふだんのしんどさ考えると感覚的にはまだNOかもな。ただ、中学3年生の倍、生きてみて今思うのは・たぶん、親は私のことを無条件に愛してる・望みはあれど、ベースは生きていてくれるだけでオッケーって思ってるだけど私の両親は無条件に愛してるそのままのあなたでいいよって子ども自身が思えるように子どもに伝わるように育てることが、関わることができなかったんだろうなぁーって思う。だから、今の私が「無条件の愛について」どう捉えているかというと、ほんとは、いつもそこにあるんだけどいろんな理由によって見えなかったり、気づけなかったりしがちなもの。親からうまく教えてもらえなかったぶんは、大人になった今、自分で気づいていく姿勢は必要なのかもなぁと思っている。自分に対して〜できるから良い/〜できないからダメ人と比べて、私なんか全然ダメだ的な見方をしがちなのだけど、そういうクセに気づいていく良い悪いの判断は置いといてとりあえず、今日一日生きた自分をヨシヨシ労ってみる人からのいいねを待つより、まずは自分自身で無条件にいいねをあげてみるみたいな。親から安心して望むような愛をもらえなかったのはとても寂しいけれど過去に得られなかったものをいつまでも追いかけ回すだけの生き方はしんどいし楽しくない。いま自分にできることをして、少しでも良い方向へ行きたいなぁ、自分の人生を楽しめるようになりたいなぁとそこそこネガティブな私なりに思うのです。だいぶ苦しいのがデフォルトの生活にも飽きたしな←