湘南サイクルおじさん

湘南サイクルおじさん

湘南の海辺をサイクリング。
最近、青春18キップでお城巡りもしてますよ。

    富士山をバックに烏帽子岩

先日、湯河原温泉へのプチ旅行をした。孫も小学校に入学し、ジジババの御世話も一息つき、ちょっと骨休みに行こうとなった。

今回の旅行は、いつもの観光地巡りの忙しい旅は辞め、温泉と食事を中心に近場をということで、湯河原に初めて行った。

東海道一本なので気持ち楽である。隣の熱海には、飲み放題食べ放題バイキングの誘いで何回も行ったものだが、そろそろ「量」より「質」に変更、ゆっくりしたい気持ちで湯河原を選択。

熱海のように観光地特有の騒々しさもなく、駅近辺も落ち着いた雰囲気であり、旅館も山の上で静か。お料理も大変結構、露天風呂でウグイスの声も聞こえ、心も安らぎとても良かった。

 

■湯河原駅ホームに狸のモニュメントと温泉の由来

 

 

 

 

■駅前には温泉が出る「ゆがわらの手湯」設備

 

■源頼朝と郷土の武将土肥氏ゆかりの史跡がある。

 

■郷土の武将土肥實平(どいさねひら)の功績が解説

 

 

 

■旅館も静かでのんびりできた。

 

 

 

 先日、丸博友の会での講座で「奈良・平安時代のイラストとまじない」と題し、下寺尾官衙遺跡群から見つかった古代の祭祀道具「人面墨書土器」などを紹介しながら、古代の人々が絵に託した願いや意図についての講義を受けてきた。講師は、社会教育課職員の 佐藤 愛氏でした。

 茅ヶ崎の土器発掘現場から、人面墨書土器が多く見つかっており、面白い講座だった。古代の人々が病気・災い・飢餓等々にたいする信仰またはまじないの表現に土器が使われていたとの事。現在人の絵馬等にある思いも、それに通じるものであるとは、時代を超えた話であった。

 

 愛車とのお別れです。愛車と言っても自転車の話。

 思い起こせば、第二の人生に入ってから、私は車はあまり好きでなく、運動も兼ねて自転車でいろいろ行きたいとの思いが強くなった。でも遠くには限界があると考えた時、折り畳み自転車を持って電車や車で行く楽しみを知った。「輪行」という。

そのため、ちょっとお高いドイツ製(R&M社)のBDー1という人気の折り畳み自転車を、同居人には一緒に楽しむためパナソニック製トレンクルの軽量折り畳み自転車を買って、随分楽しんだ。いくつか代表的な例を挙げれば・・

・山手線一周散策  ・横浜散策 ・小田原散策 ・熱海散策

・皇居近辺散策 ・諏訪湖&蓼科湖一周散策 ・新宿副都心散策

・鎌倉散策 ・・・・等々(挙げたら切りがありません)

年齢も重ね、自転車は危険もあり、最近は歩くことを主眼をおくことにし、思い切って息子に譲ることにした。20年ほど乗り思い出も多くあり、ちょっと寂しいが、これも時の流れかな。

 

3日の夜は皆既月食(だったらしいが・・)あいにくの天気で見られなかったですね。以前(2018.1.31)の月食を撮影しましたブログを載せましたのでご参照ください。

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「 赤銅の 月を見上げし 冬の空 」

 

今夜は、「スーパー・ムーン」「ブルー・ムーン」「ブラッド・ムーン」3つの事象が重なる「スーパー・ブルー・ブラッド・ムーン」が観測できた。

各呼び名の解説はいろいろな誌面でしてるので省略します。

とにかく、幻想的な月がみられて、いい気分!!

見られなかった方は、どうぞゆっくりお楽しみください。

 

 先日、下記「松原混声合唱団、湘南市民コール、町田市民合唱団の合同演奏会」に行ってきた。この中の松原混声合唱団は、私にとって合唱人生の原点とも言え、涙が出るほどの思い出深い団である。

同合唱団は全国合唱コンクールで金賞をとるほどの実力である。

三団体の演奏は、それはそれは素晴らしいものであった。

 

 さて、昔話になりますが、会社の先輩が松原団員であったが、誘われて入団したことが、現在の合唱人生の初めであるからです。

あの、故関屋晋先生のもと厳しい週2回の練習が懐かしい!

お陰で、全国コンクールに出演したり、NHK学校音楽コンクールの課題曲を歌う経験もし、NHK101スタジオでの収録・TV放映に出演出来た。下記、新聞の番組記事(1977年3月21日)「課題曲を歌おう」をご参照ください。また、資料「我が合唱の歴史」にも、当時の演奏会の記録を整理しています。

 当時は、我が家ではビデオでの録画ができなかったため、親戚のカメラ好きの叔父さんに、TV放映の写真を撮ってもらった。

写真では男性の向かって左隅の中央が私です。懐かしい、我が青春の一コマである。

 

 先日の演奏会で、団員に知っている方がいないか探したところ、当時団長していた方が、まだ歌っていた。同じ勤務先の方で、お付き合いもしていた方ですが、あれから半世紀(50年ほど)たち、髪は真っ白胸が締め付けられる思いであった。私もあれからずっと歌っていることが、何か不思議な感じを持ち、「多くの他の方は皆さんどうしているのかな~?」と思いを馳せた一時であった。

 

 

🔳以下、懐かしい記録をご紹介