9年前の9/13の時の話です。

この話は、生死に関する倫理観の話を含みます。
辛い方はそっとご退出いただけると幸いです。

 

 

 

 

 

 





「安楽死」
「自分の人生は自分で決められると思えるようになり、心が安らいだ」

最後のカードを手に入れることによって、自分を保つことが出来るということは、誰にでも経験があるのではないだろうか。
そのカードが究極のものだっただけ。


父親がドナー提供カードを持っている。
でも、実際その立場になった時、残された遺族として父の思いを尊重出来る自信がない。

自分の人生は自分しか決められないとわかってはいるけれど。。。



-----
今現在、私はドナーカードを持っていますが、「提供しない」に丸をつけています。
父がドナー提供者としてドナーカードを持っているから。

父がそうなった時、私達は悩みながらも父の意思を尊重することになると思います。

 

だからこそ、

《私は「死」を受け止め切れないだろう時に、さらに悩まないといけない》

残された人のことを考えると「提供する」に丸をつけることはできません。

 

どうするかは私の意志ではなく

《残された人で決めてほしい》

 

そういう意味で「提供しない」に丸をつけてあり、その意味と意思はパートナーにも話をしてあります。