自由とは:道徳を疑うこと::つまらないことに拘束されないように

道徳ってなんだ? 辞書でひくと、

「人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体。外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く」


難しいな、類語をしらべてみよう、

「倫理・道義・徳義・人倫・人道・世道・公道・公徳・正義・規範・大義・仁義・徳・道みち・モラル・モラリティー」


これらの仲間ということか。

この「守り従わねばならない規範の総体」というところがなんか厄介!で、これらは教育されて確立されている。つまりみんな「これはしちゃいかん」「そうするべきだ」「こうなったほうがいいに決まってる」という考え方を教育されて育ってしまう。


しかし一歩違う国に行ってみると、その教育とまっこう反対のこと、つまりおかんやおとんや先生やおっちゃんがあかんことと教えてくれたことを、良しとする国や地域、価値観が存在してしまう。それを知ると、全てが疑わしくなる。

道徳とは一体なにか?


社会秩序を保つために、地域社会の暗黙のルールとでもしておこうかな。

ルールの中だけで活動していると、安全安心だけれど進化が無い。
勇気ある人は、自由になって、あたらしい価値観を送り込む役割をになおう。

「自発的に正しい行為」とは、人として正しい行為であって、
「あなたの地域社会のルール」とは別もの。


だからあなたはそれをやってみたほうがいいよ。
ちょっと危険でも、やってみればいいと思う。

この考えが自由を活性化させる。
間違っても「自分勝手」に飛び込まないよう。ここ微妙なところだから。


社会から逸脱できたのであれば、進化の芽になれるはず。
blogネタ困ったら、無理矢理グチらず、論じず、さぁ理想未来設計!

「想いは現実化する」なんてよく言われるけど、じゃあblogでちょい実戦。理想を引き出し、まとめつくし、想像して、blogにためていこう。

このイメージ作戦のお題をメルマガをまぐまぐより隔日配信します。
「blogネタはmore happyな作戦会議」

あなたのblogに、すばらしい未来のシナリオができますように。
そのまま実現しますように。
新宿御苑の近所のわが事務所から六本木まで仕事で行くことが多い。

その際、ちょい時間をかけて、都バスで行く。
時間はかかるけど、空いているし、地上を走るので天気が良い日は心地よい。
また、じぃさん、ばぁさんがゆったりと乗り降りするので、待ち時間も長い。

運悪く新宿から六本木にバスは行かない。
直前で麻布の方にまがる。だから西麻布のバス停で降りて徒歩で六本木ヒルズに向かう。



羽田に向かうことも多い。

試しにバスで行ってみた。といっても品川まで。
長い。40分以上もかかってしまった。これはさすがに地下鉄を使ったほうがよかった。
しかし、帰り、羽田に降り立ち品川まで帰ってたとき、またバスに乗ろうと思った。

さすがに、帰りはその40分も苦ではなく、ちょっとした知らない道を観光してる気分。



一時期渋谷に通っていた。

このルートさすがに便が多く、結構便利だった。
最後の最後で渋谷界隈で渋滞するのがネックだったが25分くらいで到着する。
なにより楽だ。原宿界隈を通過して、国立体育館の横を通ってと、ちょっと元気のでるルート。帰りは青山一丁目を通るルートになる。


あきらかにバスを利用している人の人種が違う。
バスを利用していい気分なのは、あまり忙しそうにしている雰囲気に遭遇しないこと。
人ごみを避けれること。
風景が身近なこと。


ちょっとルートと時間をずらせば、気分をまったり移動できます。


-----!
しってますか。
都バスの運行状況は携帯サイトで確認できます。
http://tobus.jp
近所のバス停を表示させると後何分で到着するかわかるのです。
そう、バス停での待ち時間は無しです!
車の走っていない赤信号の横断歩道


わたるやつ ーー 要領良い、状況判断のできるやつ、縛りのない自由人
わたらないやつ -- ルールを守る正直者、他になにかいいことない?


わたるやつ ーー 利己主義、規律に従えないもの、
わたらないやつ -ー 要領悪い、状況判断に乏しい、拘束感のある状態



どっちがいい?


道徳に負けちゃいけない。




うちの近所の赤信号微妙なんです。

赤ちょい長めで、待っている人多数、車はぽつりぽつり走るんだよ。
しかし横断歩道の距離は2車線分なので短め。
完全に安全でもなく、渡るのであれば小走り。
もち小走りな人も多数。

ここではいつも、違うことを考えて、待っしまっている。

信号、待ってみると、意外と自由を感じる。「オレでもまてるやん」って

自由とは:寝ること::起こされないように

一番自由が幸せとして感じるのは、寝起き。
はやく起きないと間に合わないとか、誰かに怒られるとか、そういう心配もなく、

まだ、寝ててもいい。

もう一回寝てもいい。

なんて幸せな瞬間だろう。


夢の復唱をしながら、そのまま、もいっかい、zzz...








自由とは:起きていられること::眠気をひとつ飛び越える


そろそろ眠たくなる時間。

でも眠たくない。あれもしたいし、これもしたいし、

ぎりぎりまでがんばる。やっておくことがキレイにかたづく。

脳が動き出すので、眠たくならない。もう超越している。

ついでにあれもしておこう。そしてそれも。

眠たくなれば寝ればいい。



自由とは:責任を吸収すること::誰かに責任をもっていかれないうちに


[江坂]
マルチメディア系のプログラマーを始めてた。面白かった。
NiftyServeが全盛の頃である。

社員としての仕事でいろいろ覚えた。
周りには教えてくださる先輩達がいたので、ありがたかった。
そこでプログラミングとかCGとかディレクション・プロデュースを教わった。


親友とコンテストとかも応募したりと、浮き足立ってた。
入賞した景品は幻のApple QuickTakeとか。そうデジカメの第一号機だったと思う。
そんな課外活動を通していろんな人脈ができた。


プログラマーは最終完成版を仕上げることができる。
だからプロデュースができれば、あたまとおしりを担当できることに気づいた。
とあるゲーム会社の社長に出会ったのをきっかけに、仕事をもらった。
僕が完結できるという信頼に依頼が来た。

ひとつの仕事の受注額はそれまでの僕の年収分だった。
それはぼくのプログラマーの能力ではなく、納品してもらうということへの信頼価格だ。
つまり、

知ったこと:「作業料金とは一般人件費」「納品、つまり相手がビジネスを開始できる手前までを仕上げる責任は、そのビジネス規模からのパーセンテージで金額を決める」


[都島]
それを知った時、独立した。
これまでの作業料金としての人件費(つまり給料)を稼ぐのをやめて、責任を吸収するために独立して自由になった。
責任を背負っている会社(社長)の元では、給料に限界があった。
だから、相手のビジネスに合わせて、自分の責任範疇を確定し、そのパーセンテージを見積もるということにした。

社員としての就業時間にくらべ、独立後の作業時間は激減した。自宅での作業。時間はさらに増えた。
そして責任は倍増した。それはどんどん大きくなった。案件ごとに別々の責任がある。


知ったこと:「収入は責任に比例する」「収入における80%は責任代、後の20%が作業代、経費にあたる」


これは概念的な算出で、経理的な意味ではないことをお断り申し上げる。
そしてその責任が大きくなればなるほど、責任まっとうのための発言権が大きくなり。


つまり、自由になる。


何をする、誰とする、いつまでにする、どのようにする。

もしあなたが、自分の職人技を売りにしているのであれば、それに加えて他の責任を引き受けよう。怖くはない。あなたのできる範疇で存在しているはずだ。つまり作業だけするのはもったいないのである。


知ったこと「責任の所在を見つけて、それを引き受ける。すると作業/人権費代の4倍の収入と自由が手に入る」



これをハイリスク・ハイリターンだと読んだ人は偉い。実際そうだ。
でも責任の種類と所在を確かめることをしなかったのであれば、一度してみることをオススメする。これは就業者でも同じ。その「責任」に「自由」が含まれているから。
自由とは:自分で決定すること::決定されるまえに


[扇町]
契約社員といっても、バイトと同じで実質時給だった。
働く時間によって給料が上下する。しかしある意味公平だ。

そのときに知ったことば「生活残業」

時間を捨てて、金を得る。それが僕には苦手。
とにかく仕事が終われば即帰宅。即遊び。給料は悲惨。


訴えた・・・

「正味の労働時間で働いているので給料が少なく困っていますのですが、、」

上司はそんな僕の生態を知っていたので給料を少し上げてくれた。


しかし生活残業をコツコツやっているものには敵わなかった。
また、同年代の給料比較では、まだなんか少なかった。


訴えた・・・

「同年代や生活残業者と比べて給料が少なく困っているのですが、、」

そのとき、僕はある程度、客がつき、わりとワンマンだったので、
給料を上げてくれた。しかしふと疑問に思った。給料交渉って何の意味があるのか。。

そもそもルールに従って賃金査定やらがあるので、大幅なアップは半ばみな諦めている傾向はないだろうか。その範疇ぎりぎりなところを攻めているようだった。


訴えた・・・

「3万円基本給を上げてもらわないと困るのですが」

それはルールぶっちぎりの昇給額だったので、上司を別の小さな編集室に連れ込んでの交渉だった。
そのとき入社3年目。僕は会社の新規事業のことを知っていたので、それらをこころよく引き受けるようなことを言ってたと思う。いやもしかして初のプレゼンだったのかも。会社のニーズを探ってみるのは有意義だ。

給料は上がった。
これは「作業」しか知らなかった僕にとって初めて知ったビジネス(商売)の基本だった。要求されることにコミットする代わりに対価をもらう。
雇用されてる側でもある程度の取引はできる。

知ったこと、「相手に損をさせなければ、交渉の余地はある」


それでも給料はまだ少なかった。これでも月20万円代前半だったので、そんなにガメツク賃上げを要求しているわけじゃあない。
当時は「音楽」やってたので、シンセやらエフェクターやらミキサーやら、いろいろ買いたかったのである。いわゆる物欲時代だ。

[長堀橋]
ミナミのクラブでパーティを主催して(もっとも当時はイベント言ってた)、音楽も映像も持ち込んで遊んでた。地価の暗い駐車場跡がサイバーな空間と化し、ナイスな人達とのナイスな遊び場だった。そこでは小遣いがもらえた。

知ったこと、「好きなことやってお金もらえるお徳感」



来期は4年目なので、一般的標準的な給料+@をもらわなければ、今の仕事に興味が続かないと思った。よりお金を稼ぐには我慢してはいけない。我慢は能力を悪化させるから。


訴えた・・・

「標準的な給料+αでないと精神衛生的に困っているのですが、、、」

その額は、もう5万円アップくらいだったので、上司は悩んだ。でもわかっていた、あがらないと。だってぶっちぎりだったし、能力給なんて概念も乏しかったし。だからその金額をもらえる会社を探していた。初の転職活動だった。
内密に面接も済ませ、希望の金額(ちょい値切られたが)も通った。

[江坂]
給料アップは無理だった。僕はそのとき会社の業績縮小を察知していたためそれを口実に、1ヶ月の猶予を持って退社した。


知ったこと、「自分の値段は自分で決められる。」「自分で決めなければ先に相手に決められてしまう。」
自由とは:自分で選択すること::不自由に進まないように


新しい部屋は12畳のワンルームだった。

[千里]
それまでは4畳半のマイルーム。そこで育ったから、それが狭いとは感じてなかった。
たくさんのものを詰め込んで、積み上げて。でも自分ではキレイに並べていたと思う。

ただ難点はタタミがきしんででこぼこになってしまったこと。
積み上げすぎか、それらが斜めにゆがむ。それが多少残念だった。
4畳半といってもベッドも机も本箱も洋服たんすも、そしてDJセットもスタジオセットも詰まってたんだ。スピーカーは12インチだった。想像できないだろう。


[扇町]
新しい部屋を探そうと、どうやってひらめいたのかは覚えてない。
入社したての会社の近所の不動産屋に行った。覚えているのは、床の黒い、奥に長い不動産屋。敷金礼金はカードの分割が使えることを確認していた。ほぼ最初の訪問で見つけた。

[都島]
シンプルな長方形の一部屋、コンクリート打ちっぱなしマンション。



親はずっと反対していた。2ヶ月話していた。現住者が退去するまでの間だった。
多分そんなことは許されないと思っていただろう。自分でもそう思っていた。
家族が離れて暮らしたことはないからね。

でも衝動はこうだった、音楽とか仕事とかイベントとか彼女とか、時間も人間関係も金も惜しまず費やしたいと。つまり活動的にしたかった、その前提としての、気兼ねない時空間。

給料は当時よくなかったけど、8万6千円の家賃。
しかし時間は24時間手に入った。会社も近い通勤時間も無しだ。


これが最初の選択だったと思う。


その引越は、親のいないときに親友と彼女に手伝ってもらい彼女の軽自動車に一式詰め込み、実家を抜け出した。

これじゃ家出だね。

当分は週3日は実家に帰った。

で、週一回。

そして、最初の独立。これを巣立ちとでもいうのだろうか。
キレイにフェイドした自分だけが思っている。



得たもの「無限に感じた時間」「時間は自分でコントロールできるんだと」
意識を変えろとか、

こころの持ち方がどうだとか、偉い人はよくいう。

そして成功者の発言は皆、似通っている。


そもそも、毎日生活している中で、スローライフの創りかた:1にあるような自分がそこに留まってしまっている生活視点の発見がベースになり、「安心」「恐怖」「犠牲」の関係を断ち切ろうとしたいと想うことが出発点ではないかと、スローライフの創りかた:2で書いた。

その関係とはスローライフの創りかた:3にもある。自分で作ってしまった枠組み、いわゆる今の生活社会の価値観に沿って生きているけど、実際はもっと多様性があることを「知る」がきっかけになることが多い。
「知る」とは「枠組み」からの解放・自由であり、なんでもゴールを設定しようとする癖をも断ち切って、スローライフの創りかた:4な考え方でまず「動ける」ことに、最大の価値と喜びが発見する。
「動ける」矛先は、スローライフの創りかた:5のあなたの最も優れている部分の発揮しかなく、そこから発揮される丁寧さが、満足や幸せに向かわせる。

なぜなら、「枠組み」からの自由は、自分が「勝手に動いている」オートメーションの状態になる。スローライフの創りかた:6
にある社会に誘導される方向に向かわなくてもいい意味に気づいて、「勝手」に実行してしまう。

それが本当の貢献に繋がるスタートだ。時間軸が立てに伸びる瞬間だ。
スローライフの創りかた:7、時間のパラドックスからの解放、自然のリズムにのることによる快感、スピード感、リズム感、つまりスローライフの創りかた:8な自分のガイド(ベース・リズム)は法律や道徳ではなく、自然界にさがす。

あなたは、全ての動植物とまったく同じである「生命」の一部だからだ。


成功した自由な人は、とてもパワフルに見える。
第3者が見ると、とても自分にはできないと思える。

そのパワーは言葉でいうと「努力」とか「苦労」とか「賢さ」とか「才能」とかになりがちだけど実際は、上記のようなオートメーション状態に陥ることで、それらは誰でも「勝手にできてしまう」自由人は皆そのようである。彼らも第3者の偉業に恐れと尊敬を持ち、自分の偉業には気付かないでいるかのようだ。

そこにスローライフの創りかた:9のディティールを暖める余裕がでるから、トップやオンリーになれる。いや、そうなっている状態に気づく。そして、スローライフの創りかた:10では、感覚が研ぎ澄まされた果て、真実のヒントを、自分の可能性や体験・経験からヒントを得て、「生まれてきた以上、必然的に行うことになっているもの」を信じることができる。

「やりたい」ことは、「欲求」ではなく「衝動」だ。
スローライフの創りかた:11にあるように自分の全部からヒントを探り出せ。
考えることに陥らないで、常に意識するだけだ。

ロジカルな解答なんてそこには無い。

選択枝が限られていることを発見すればいい。


あなたは、企業の歯車に参加するのか、社会の歯車に参加するのか、宇宙の歯車に参加するのか、自由に選択できるようになっている。

そして生まれてくる前にすでに、あなたは両親と、地域社会と、生活境遇を選択してきているはずだ。


つまりベストな条件でそこにいる!


あなたが自分の「歯車」を確信をもって選択したとき、


パラダイス!!




...Mind Resort Awareness .. Don't worry be happy...





【保存版1】「転機」と「過程」を楽しめる方が得だ
やりたかったことをまじにやる

それだけでいい

あなたがやりたかったことをやれば、多くの人が助かる

大宇宙の「歯車」として、それはひつようなことだった

やりたかったことが、やるべきこと、

その本質をもう一度、思い出せ



生まれる前の「やりたい」はなんであったか?

幼い頃の「やりたい」は、その人(モノ)が与えてくれる恩恵・特徴

小中学生の「やりたい」は容姿や見た目・動き

中高生の「やりたい」は社会的地位とかポジション・名声

成人前の「やりたい」は活動内容・得意分野

あなたの「やりたい」をもう一度この本質から、繋ぎ合わせると何になるか、いや何ができるのか



そして成人後の「やりたい」は、生活境遇から導いたあなたなりの答え

そこに違和感はないか

「ん~ほんとうの「やりたい」はこうなんだけどなぁ~」

どっちがわくわくする「=直感を揺さぶられる」かだ



もう一度思い出せ

生まれる前の「やりたい」を



あなたが「歯車」に参加したとき、

パラダイス