今日は、BeGood Cafeのイベントに顔を出した。当マインドリゾートのサイトからコンタクトをくれた方と面会を兼ねて行ってきた。

フェアトレードの話とか、エコプロダクツ2004出展者のレビューとか、まぁ、その傾向の方々の活動報告なんぞも聞いた。フェアトレードでは、グローバルビレッジという会社の方が丁寧に説明してくださり、よくわかった。
フェアトレードとかコーポラティブという新しいビジネスの潮流を感じつつ、でもまだカルチャーの域を出ていない感もしつつ、でもこのbegoodというテーマのもとに、「良くなろう」「良くしていこう」なわかりやすさがあった。

ITビジネスでも同じだ。「良くなろう」というのはスピードや検索や刺激や出会いじゃなく、もっと「豊」になれる仕組みは作れないものか。当マインドリゾートの当初からのテーマだけど、そのあたりの繋がり感も感じつつ。

会場では、オーガニックフード、レンコンのハンバーグとか食べてみた、なかなかおいしい。有限会社スローというところからいただいた珈琲がたまらなくおいしかった。久しぶりに「うまい!!!」と思った。多分入れ方もプロなので、オーガニック珈琲は、おいらのはーとをわしづかみだった。

最後に民族楽器でのバンドの演奏の心地よさにまったりしながら終わった。

以前からうすうす感じていたのだけど、コーポラティブコミュニティビジネスなビジネス形態は、弊社の目指す指標としてまったくもってJUSTではないかと思った。

ま、そんな話を同行した方と呑みながら話をした。いい共合ができればいいものだ。
自分のポジショニングをきっちり定めると、まわりとの連携がスムースになり、争わず自由になれる。

あなたはどっちだ?
 A:貯めて大きく(静的)ー貯める(節約に命)
 B:回して大きく(動的)ー使う(ただし浪費はしない)

あなたはどっちだ?
 X:未開の開拓ー(新しい、挑戦、パイオニア、考える)
 Y:既存の補佐ー(支える、相手のネタで能力を発揮)

この両方の組み合わせにおいて、各反対の人をパートナーにつけるといい。
同質のパートナーは、共合者ともなり、競合者ともなる。見極めが必要。

これが配偶者にもあてはまるのかは定かではない。
ただ「価値観があう」といった理想的な軸に、もう一つの縦軸を加えるとしたら上記ではないかだろうか。

僕は、B-X だ。
A-Yの方、募る!一緒に世の中にスローの領域をつくろう!
人は一時だれでも物欲に溺れる。
それは精巧な情報と広告に喚起させられるから。

それを買うのは必要だからではなく、買いたいから。
必要だと思わせられる。
それを得ることでまた忙しくなる。
失ったエネルギーを補うためにまた忙しくなる。

物欲は結局忙しくなる。

なぜこんなこというかというと、

食欲や性欲といった生態的な欲求よりコントロールが可能だから。
もしスローに自由になりたければ、物欲を見直したら楽になる。これ経験より。

という理屈をこねるのが好きだったが、農耕民族と遊牧民族という日本人2タイプ説を説く「怒りblog」に共感しつつ思い起こすに、農耕系にとって、この理論は死活問題になかもしれず、共感しただけるのは遊牧系にあてはまる、いわゆるおいらと同じ部族に共感を得る理屈だと発見。

でも、一度確認されたし。


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これにちなんで、今日はちょっと感激。
うちのiTunes専用となりつつあったiBook(G3-500mhz)に
firefox(ネットスケイプ)の最新版を入れた。軽い、速い、タブブラウザ!それは、わがiBookの復活を意味するのです。operaもsafariも入れれなかったこのOSX10.1xのiBook、IEはまどろっこしくてつかうのに躊躇していたのに。
電池駆動の状況もさほど悪くなっていない。
この白いiBookの第一号機は、現役引退をどんどんと先にのばしています。

該当者は復活させてください。^^
最近読者登録してくださる方ありがとうございます。
どんどんあなたの自由の余地に切り込みたいと思います。

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日付とか日時とかそういうカレンダー的な生活の区切りを無くすと、
自然と旧暦生活や月暦のようなリズムに体が自然になっているような気がします。

つまり、旧暦とかは、月とかとリンクしているのですが、そういった外部要因を考慮されて考え出された暦ではなく、自分達の行動やモチベーションを観察しているとそうなった。で、調べてみると月とかともリンクしていたという逆の発想かもしれません。

カレンダー外で生活できる人も限られると思いますが、自由人な人は観察してみるとそうなっていませんか?僕はそこまでまだまだ自由人ではありませんが、自分のモチベーションを観察していると、あれれ?と最近気になっています。

つまり暦は勉強して知識として吸収するのではなく、自分=人間としての自然な活動波形として感じるモノではないかと。

旧暦は先人の知恵としての記録。それは正しい可能性もあるけれど、その誤差は自分自身が素直になると調節が利く!?
自分暦というものが存在できそうな予感がしています。しかしこれは個人差がそれほどあるわけでもないような。。。(健康状態によって差がでる可能性はある)

自分暦と旧暦というものを組み合わせ、プロジェクトスケジュールを組むと最高のモチベーションが発揮できるとか、ムダな労力を排除できるとか。
社内ストレス管理とか、企業メンタルヘルスにおいて重要な切り口かもしれませんよ。これは。。

コンピュータ自身が自由にblogを楽しんでいる。
もう人間のツールだけではない。

自由に文章を書き、blogにアップし続けている。

dublog 電詩-cpu poetry-

多分、こいつは勝手にやめれないのが欠点かもしれない。

今日もひたすら自由に生きる、
Gateway2000 PentiumPro200Mhzのリタイアメントライフ
やりたくないことは最悪だよね。

それを行う要因は、全て「不安」がモチベーションになっているから。
これは「不安」を「安心」に変えようとしている行為なので、一見正しく思えてしまう。
でもその代償はなんだろうか?

じゃあ、その反対はどういうことか。
「安心」を「不安」に向かわせること!?
一見、そんなことはやりたくないと思ってしまう。
でもそこには「自由」が発見できた。

実は「不安」に向かわせるというのは「言葉のあや」で、
「不安」というのは、安定していない、ワクワクしてそわそわして、揺れている感情だ。
必ずしもネガティブな意味ではない。

自分で自由な「不安」な「快感」を見つけよう。

ある者が、意図的に「あなた」をデザインして生み出したとしたら、

デザインした者は誰か?

両親?神?仏?自分自身?それとも?

で、その意図は?

その意図に基づいてデザインされているはずだ。なるほど、それも完璧に。
blogっていい習慣ですよね。他人に読まれる緊張感がありながら、つい癖になってしまうような。

こんな素敵な習慣をもっと自分の将来の役に立てばいいと想ったのですが、
自分がセルフクエスト・自己探求をテーマにしたマインドリゾートというサイトをやっている経験から、思いついたのです。

未来の想像計画図をblogに書き溜めて、イメージを沸きやすく、具体化しやすい、作戦を練る場にすれば。

その効果は自分で考え、想像し、自分の能力や経験や理想を思い出す。
ちょっとした希望を胸に、自分のblogが大切なものとなるような。

理想の具体化された想像は、行動への一番のモチベーションアップに繋がります。
だから、ムリにネタを引っ張り出す必要があれば、未来の作戦ネタにそって、しばしイメージして考えて、思い出したり、整理したりしてみる。

この作戦ネタを、まぐまぐから配信してみようと思い、募集を開始しました。
どうですか?ちょっと未来の作戦会議をblogでやってみては!

「blogネタはmore happyな作戦会議」(コチラより登録開始!)


作戦会議の様子は、コチラにベースblogを開設しますので、どしどしトラックバックを打ってみんなで読みあいましょう。知恵を共有すると、もっと理想実現が近くなるはずです。

自由とは:そうでなくてはならないことはないに気づくこと

ちょっとお気に入りのパンツはけないため、体重調整することに。
意外と効果の出ている低インシュリンダイエット。つまりパン・ご飯・麺等の炭水化物の多いものを食べない手法。肉・魚・野菜を中心に食べてる。

おなかいっぱい食べているのだけど、2週間で3kg減った。
結構すごいと思う。なぜならあまり苦労を伴っていないのに減ってるから。
エネルギーは脂肪消費に費やされ、脂肪生成を抑制しているという理屈らしい。


で、こんな状態なので外食中心のぼくは、近所のおかずを自由にとるスタイルの食堂でよく食べている。

最近は聞かれなくなったが、「ごはんお持ちしましょうか?」って。

なぜご飯を絶対食べてたんだろう。
おかずだけの食はあれもこれも食べて料金は変わらない。味はバラエティに富む。

ご飯は大好きだ。しかし絶対にご飯がついてくるという事実にハッと我に帰った。

「これでも全然いいじゃないか」

つまり日常のスタイルとして崩れると気持ち悪いんだと思うけど、米を食べないというスタイルも悪くはないなと感じつつあるので、試されてはいかがだろうか。やせるし。


主食。しかし、スペースをご飯で埋めるという安直な発想もそろそろ転機を迎えてもいいのではないだろうか。弁当にしても、定食にしても。(売れそうにはないけどね)


「blogネタはmore happyな作戦会議」
自由とは:想像力に比例する::自分の殻が視界に入ってくる前に


フローティングスポットとは、
自分の思考や想像、イメージが自由になる、場所や状況のこと。

身体的、精神的拘束がなく、ストレスもなく、ひたすらそこに居られるトコロ。
そして、落ち着き落ちることのない適度な緊張感。

僕は、近所のフレッシュネスバーガーだったり珈琲館だったりホテルのロビー喫茶だったりする。ポイントは椅子と珈琲の味。そして客層(客層とは雰囲気ではなく、その他人から発せられるノイズの質にこだわる)


程よいノイズと、人通り。安定感のある椅子、おいしい珈琲、光、BGM。


意識してこの場所を突き詰めよう。そしてその場所には惜しみない投資をしよう。
少し高い珈琲。長時間いるためのおかわり。毎日でも通う。持ち込む本、そして時間。

その場所では情報を追うことをやめ、新聞や雑誌は読まない。
くつろぐのではなく、未来を想う。計画する。アイディアを練る。



仕事場は作業するところ。
発想はフローティングスポットで生みおとす。

そしてその時空はなにより、自由だ。永遠の知恵とイメージが自分を覆っている。

一見優雅。そうその優雅さをとにかく演じてみよう。

知ったこと「まず演じる」「後で現実がついてくる」